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無題
投稿者:
はるか
投稿日:2011/10/29(Sat) 11:09
はじめまして。
今年の合唱コンクールで蒼鷺を歌います。
そこで、私は曲紹介をすることになりました。
1分間という短い間で
蒼鷺という鳥を知ってもらえたり
曲の意味をわかってもらうには
どうやって書けばいいのですか??
ずっと悩んでいるのですが
うまくまとまりません。
回答よろしくお願いします。
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196
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Re: 無題
投稿者:
もんち
投稿日:2011/10/29(Sat) 18:56
私たちのクラスは
極寒の冬に耐える青鷺と まだまだ未熟な自分たちを比較した様な感じの曲紹介でした。
曲紹介担当の子は先生と相談してみた!と言っていました。
先生とかと相談してみるのもいいと思います!!
頑張ってください♪
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202
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Re: 無題
投稿者:
まつ@管理人
投稿日:2011/10/31(Mon) 17:32
はるかさん、はじめまして。
1分ですか。これは難題ですね。ただ、時間が限られているということは、瑣末なことを切り捨てて本当に重要なことのみに絞れるわけで、そう考えればそれほど難しいことではないように思います。
まず、できればアオサギの姿形の説明はしたほうがいいでしょうね。サギの姿をまるでイメージできない人もいるはずですから。ツルのように首と足が長い鳥を想像してもらえばOKです。ただ、1分の中では難しいということなら、これはばっさり省いても構わないと思います。さて、ここからがポイントです。この詩のアオサギは首を縮めて立っています。文字では書かれていませんが、首を縮めたアオサギでなければこの詩は成立しません。いわゆる佇むという姿勢です。おそらく、サギ以外で佇むという表現が当てはまる鳥は他にいないでしょう。佇んでいるアオサギについては下記ページにいくつか写真がありますので、それらを見て参考にしていただければと思います。
「合唱曲『蒼鷺』」 ⇒ https://www.grey-heron.net/forum/58-chorus/
ともかく、アオサギが佇む姿勢であることがこの詩では決定的に重要です。この姿勢さえイメージできれば、あとは北海道の凍原でじっと動かないという場面を説明するだけで、この詩の紹介としては事足りると思います。アオサギが佇んでいるイメージとそのアオサギが置かれている場面を視覚的に理解できるように丁寧に説明すれば、それだけで1分くらいは経ってしまいます。詩の意味するところなど説明しはじめたら、それこそ時間がいくらあっても足りません。つまらない先入観を植え付けるだけで却って逆効果です。詩に何を想像するかは人それぞれ、それは聴く人に任せておけば良いのではないでしょうか?
ここに書いたのはおそらくもっともオーソドックスな曲紹介の仕方です。この点さえ押さえておけば、もんちさんのところのようにオリジナリティのある曲紹介も可能だと思いますよ。
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284
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Re:Re: 無題 Re:No.202
投稿者:
ひーちゃんのしんゆう
投稿日:2013/09/02(Mon) 22:14
私も、合唱コンクールで蒼鷺を歌うことになり、スピーチをすることになりました。そこで、まつ@管理人さんの佇むという表現を使わせていただきます。といっても、これでやっと2文目が思いついたところなのです。一分には程遠い。
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Re: 無題
投稿者:
まつ@管理人
投稿日:2013/09/03(Tue) 07:39
ひーちゃんのしんゆうさん、はじめまして。お役に立てて何よりです。
参考までに春先の氷が解けはじめた頃に撮した写真を貼っておきました。時期が時期なので詩に描かれたような壮絶な悲壮感はありませんが、佇むという姿勢はこれで分かっていただけるかと思います。
サギに特有の姿勢とまではいわなくても、この姿勢をとれる鳥はそうそういないはずです。この格好がともすれば人のように見えることもあり、サギの擬人化は古今東西、さまざまな文化の中で行われてきました。昔から人が感情移入しやすい鳥だったのでしょうね。
短い時間のスピーチは、初めから短い枠で考えるより、思いついたことをあれこれ全部並べて、その上であまり重要でないことをばっさばっさと削ぎ落としていくほうが楽ですよ。メインは合唱のほうですし、あまり気負わずがんばってください。
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中学三年生です。今度合唱コンクールで歌います
投稿者:
欝桟゙
投稿日:2013/06/22(Sat) 09:09
私の学校の音楽の先生が
作詞?作曲者?どちらかだったか
さだかではないですが
直接話を聞きに行ったところ
この歌はアイヌの文化を継承していく
青鷺はその意志の強さを表している
青鷺は死んでないし死ぬわけにもいかないそうです
掲示板の中にそのような話があったので
気になり書かせていただきました
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Re: 中学三年生です。今度合唱コンクールで歌います
投稿者:
まつ@管理人
投稿日:2013/06/22(Sat) 18:32
欝桟゛さん、はじめまして。
貴重な情報をありがとうございます。行動力のある先生ですね。
ご存知のように、この合唱曲は更科源蔵さんが作った詩に長谷部匡俊さんが曲をつけたものです。詩自体は『凍原の歌』という昭和18年(1943年)に発行された詩集に収められているもので、もともと曲をつけることを目的に書かれたものではありません。その後、更科さんは1985年に亡くなっており、この詩が合唱曲として再び世に出るのはそれからさらに8年後のことになります。音楽の先生がお話を伺ったというのは合唱曲になってからのことでしょうから、更科さんではなく作曲した長谷部さんのほうに尋ねられたのでしょう。その長谷部さんはというと、更科さんが亡くなったときは二十歳そこそこです。『蒼鷺』を作曲するのがこれよりずっと後であることを考えると、あくまで想像ですが、更科さんとの直接の面識は無いのではないかと思います。だとすると、音楽の先生が長谷部さんから聞き取った話は長谷部さん独自の『蒼鷺』の解釈だと考えられます。もっとも、更科さんが自分の詩について、真意はこのようなものであったとか、アオサギは実際は死んでいるとかいないとか、そういったことを何か別のところに書き残していて、それを長谷部さんが読まれたということも考えられますが、私の知っている限りそうした資料はありません。それが無いために、この掲示板にもあれこれ想像を巡らして書いているようなわけです。更科さんだけでなく詩を書く人は、はじめから読者にひと通りにしか解釈できないようなイメージは提供しないでしょう。詩の解釈に正解はありませんし、正解の無い自由さこそ詩の命なのですから。
とはいえ、アオサギが死ぬのか生きるのかという問題は、どちらの解釈を取るかで作者の思いがまるっきり変わってしまいます。その点、この部分の自由度はかなり制限されているのかもしれません。この詩では生死の問題は曖昧なままぼかされ、それが一面ではこの詩の妙味にもなっています。しかし、作者にしてみればわざと答えをぼかしているという意識はなかったのではないでしょうか。自明のことだからはっきり書く必要がなかっただけなのだと思います。
つまり、私も長谷部さんと同じ解釈です。アオサギは死んでいないし死ぬわけにもいきません。ただし、アイヌ文化の継承云々という部分についてはそれだけではないと考えています。そこには作者本人にも正確に把握できないほど複雑で多様な背景があったはずです。その様々な思いをアオサギという象徴に集約したのではないかと。ともかく、詩ですからいろいろな解釈があっていいと思いますよ。
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やっぱりアオサギは死んだのでは
投稿者:
梨
投稿日:2013/01/30(Wed) 07:26
初めまして
今度合唱コンクールで歌うことになり、
曲の事や詩について調べているうちにこのサイトにたどり着きました
そこで、少し疑問なのですが、まずそもそも冬の北海道にアオサギはいるのでしょうか
アオサギの生態の項を見たところ
冬は越冬の為に暖かい地域に渡ると書いてあるのですが
普段なら南に越冬しに行くはずの鳥が立ち尽くしているのは何か変ではないでしょうか
詩中の
「許さぬ枯骨」や「凍った青い影」や「動かぬ」
といった単語も、どうにも死を連想させます
併し天然は常に小さな人間の血と汗を一呑にして あがく悲嘆を絶望の底につつぱなし 更に冷酷な狡猾は勤勉を食ひあらし さまよふ騙詐は素朴をかすめさつた だが風がたち日影がさせば 土の子は倒れた豆の支柱をなほし 無慙に踏み荒された暴力の足跡に もう一度腰をかゞめて不撓の種子をうづめる このきびしい北方に生きるためには 常に休みなきたちなほりを要求され 鈍重絶えて敗退を忘れ 天の理法に則し 地の法則にしたがひ 小さくたよりなき自らをたよるよりない
この詩で描かれている世界は「厳しい世界」と「それでもなお生きる」という事だと感じられます
ですが蒼鷺の詩世界ではそれとは異なり「厳しい世界」と「その結果の死」を描いているのではないでしょうか
私は「立派に生きる事」と「立派に死ぬ事」は同義だと思っています
なぜなら立派に生きなければ立派に死ねないし、死がこないならば、それも生きているとは言い難いからです
私は更科さんはアオサギの死から自然の厳しさとアオサギが必死に生きて生きて生き抜いたであろう事を想像して描いたのではと思うのです
そして、アオサギは死んでしまったが、私たちもアオサギのような死を迎える為にも「生きて生きて生き抜こう」と
更科さんの詩世界に一貫して見られる「生」を
蒼鷺では「死」を通して描いているんだと私は思っています
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Re: やっぱりアオサギは死んだのでは
投稿者:
まつ@管理人
投稿日:2013/01/30(Wed) 22:34
梨さん、はじめまして。
死をポジティブに捉える梨さんの解釈は新鮮でなるほどなと思いました。この詩でアオサギが死ぬと解釈する人は、多くの場合、自然に打ち負かされ力尽きたアオサギをイメージすると思います。それだと作者の他の詩との一貫性がなくなるのですね。それに、彼をとりまく諸々の状況を考えても不自然ですし。私の思考はそこで止まっていたので、死をポジティブに捉えるという発想がありませんでした。梨さんの解釈だと、そうした矛盾もなくすっきり読めますね。
さて、冬の北海道にアオサギがいるのかというご質問ですが、ごく限られた越冬地にわずかに残るのがいるくらいで、ほとんどは南の地方に渡ってしまいます。作者がこの詩で描いたと思われる北海道東部に、もし厳冬期にアオサギがいたとすれば、それはかなり特殊なケースです。
一般的には、北海道にアオサギが渡ってくるのは3月の初め頃になります。3月初旬といえば、春の兆しを感じる日はあっても、辺りはまだまだ一面の雪と氷。普通の感覚で言えば季節は冬です。もしかしたら、作者はその時期の情景を描いたのかもしれません。ただ、この詩はいわゆる象徴詩ですから、事実を反映しているかどうかにはそれほど拘らなくてもいいように思います。
ところで、梨さんの意見ではじめて気付いたのですが、「奥の底から魂がはばたくまで」という箇所は、人によって正反対の意味で捉えられるのですね。アオサギが死ぬと考える人には、「魂がはばたく」ことは昇天を意味しているのでしょう。一方、私はそうは考えませんでした。だからこそ私はこれまでアオサギの死をイメージできなかったのだと思います。私のイメージでは、「魂がはばたく」とは、本当になすべきことをする、またそれができる季節が到来するということであり、それは他でもなくアオサギの季節、春ということになるのです。その時が来るまで過酷な状況をひたすら堪え忍び、頑として動かない、そんなアオサギが描かれているように私には思えるのです。
私がこの詩をはじめて読んだのは10年以上前でしたが、これまでに何度も違った解釈をしています。もしかしたら、そのうち梨さんの解釈がいちばんしっくりくると感じるようになるかもしれません。いずれにしても、詩自体はとてもシンプル。それだけに読み手次第でさまざまな捉え方ができます。自由度の高い詩なんだなと思いますよ。
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Re: やっぱりアオサギは死んだのでは
投稿者:
まつ@管理人
投稿日:2013/02/03(Sun) 11:28
ついでにもう一点だけ、私がこの詩がアオサギの死を意味するものではないと考える理由を書いておきます。問題となるのは「奥の底から魂がはばたくまで」のところです。ここで「魂がはばたく」の意味がふた通りにとれることは前に書きました。注目したいのは、この魂が「奥の底から」はばたくものだということです。奥の底というのは暗くて狭い、そうとうにネガティブなイメージです。もし、魂がそこから脱出して死後にその苦しみから開放されるという意味で書かれたのだとすれば、作者は人生そのものを「奥の底」と言っていることになり、自虐的なほどに人生を悲観していると考えざるをえません。しかし、彼の他の作品を読む限り、現世を悲観し、来世に安寧を求めるというような雰囲気は少しも見られないのです。そうであれば、「奥の底」の解釈は別のものでなければならないのではないかと。私はそれを冬と考えます。そして、春になればその魂ははばたくのです。
前に書いたようにこの詩は極めてシンプルな構成です。枝葉を切り捨てると、この詩にあるのは冬とアオサギだけです。そして、アオサギが動かないことがこの詩を特徴づけています。この詩に死をイメージする人は、アオサギが動かないことに尋常でないものを感じるのだと思います。しかし、アオサギは本来、そんなに動かないものです。何もしないときは本当に置物のように微動だにしません。他の鳥と比べると動かないことが特徴だともいえるかもしれません。詩の最後の4行、「痩せほそり風にけづられ 許さぬ枯骨となり 凍った青い影となり 動かぬ」というのは、大袈裟な表現は使っているものの、これが冬に凍原に立ち尽くすアオサギを見たときの率直な印象です。それが彼ら本来の姿であり、そこにとりたてて死をイメージする必要はありません。
昨日、札幌近郊で越冬するアオサギを見ながら、ふとこの詩が頭に浮かんだので、余計なこととは思いつつ、またあれこれ書いてみました。
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はじめまして
投稿者:
bluebird
投稿日:2011/11/06(Sun) 12:55
初めまして。
今度合唱コンクールの審査員をすることになり、
今、蒼鷺のレポートを必死になって書いています。
だケド蒼鷺の聴かせどころが分かりません(ーー゛)
教えてください!!
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Re: はじめまして
投稿者:
ハヤ太くん
投稿日:2011/11/06(Sun) 14:15
僕は
胸毛のとこから熱情か
ってとこが一番大事だと思います!!
だと思います!!←
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Re: はじめまして
投稿者:
もんち
投稿日:2011/11/07(Mon) 16:57
あたしも
胸毛のところは大事だとおもいますよ。
それと だが青鷺は動かぬからも結構大事だとおもいます。
レポート頑張ってください!
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221
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Re: はじめまして
投稿者:
まつ@管理人
投稿日:2011/11/07(Mon) 18:25
bluebirdさん、はじめまして。
私は曲そのものをほとんど聞いていないので音楽については何とも言えませんが、詩の音楽的な要素については、2011/07/17の私の投稿にいくらか参考になることを書いています。下記ページに保存していますのでよろしければご覧下さい。
「合唱曲『蒼鷺』」 ⇒ https://www.grey-heron.net/forum/58-chorus/
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無題
投稿者:
ハヤ太くん
投稿日:2011/11/05(Sat) 21:21
エゾハンノキの青い影と
蒼鷺の凍った青い影は
なんか関係はあるんですか?
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215
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Re: 無題
投稿者:
まつ@管理人
投稿日:2011/11/05(Sat) 22:26
なるほど、「青い影」は二度使われているんですね。これは気付きませんでした。
最初の「青い影」は何も考えずに読むと「蝦夷榛」の影のように思いますが、もしかしたらその後に書かれている「蒼鷺」の影を言っているのかもしれませんね。まあ、いずれの影にせよ、「青い」と表現することで冷たく寂しい影であることが示されているだけで、それ以上の意図は無いように思います。同じ言葉を二度使うことでトリッキーな表現を狙うような作為的な詩だとも思えませんし、おそらく蝦夷榛にしても蒼鷺にしてもその影が青く感じられたから青い影としただけで、それがたまたま2ヶ所で同じように表現されただけなのではないでしょうか。
前回も書きましたが、この詩はあまり細部に拘って言葉を詮索すると余計に分からなくなってしまいます。「木を見て森を見ず」になるわけです。まずは詩に描かれた状況をありありと想像できるようになることが大切です。もっとも、描かれた状況が単純なので、これをリアルに思い描こうとするとけっこう大変な作業になります。ただ、それさえクリアできれば、作者の世界には意外とスムーズに入ってゆけます。
ひとつ、ハヤタさんへの提案です。いろいろ疑問を書かれるのは構わないのですが、分からない部分をぽつんと書いただけでは、ここを読む皆さんもなかなかお返事の書きようが無いと思います。自分はこう思う、こう考えるというのを合わせて書いていただければ、より建設的な意見が返ってくると思いますよ。
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Re: 無題
投稿者:
ハヤ太くん
投稿日:2011/11/05(Sat) 22:50
了解です!
深く探らないようにします!
おうおう、
次から気をつけます(・ω・´)
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210
]
無題
投稿者:
ハヤ太くん
投稿日:2011/11/04(Fri) 22:16
再び現れました!
えと、
蒼鷺はなんで動こうとしないんですか?
何がそうさせてるんですか?
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211
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Re: 無題
投稿者:
まつ@管理人
投稿日:2011/11/05(Sat) 07:42
ハヤ太さん、おはようございます。
アオサギは四六時中餌を食べつづける鳥ではないので、餌を探していないときはじっとしているのが普通です。詩では動かないことがやや誇張されて表現されていますが、動かないこと自体は異常なことではありません。
なぜアオサギが動かないことが強調されているのかについては、これまで何度も繰り返しご質問が寄せられており、その都度、様々なお答えをしてきました。それらについては、「合唱曲『蒼鷺』」のページに残してあるので、同ページで「動かない」の語を検索して探してみてください。2011年10月4日、同7月17日、2010年10月3日、2009年9月18日あたりに多少参考になる内容があるかと思います。
余談ですが、この詩は作者の思いを中途半端に詮索しようとすると余計に分からなくなってしまいます。それよりは、アオサギが動かないという情景をリアルに思い描くことに集中したほうが、詩そのものを理解するにははるかに効果的です。その情景をよく飲み込んだ上で改めて作者の思いを想像してみてください。その順番を逆にすると、理解できない難しい詩で終わってしまいます。
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Re: 無題
投稿者:
ハヤ太くん
投稿日:2011/11/05(Sat) 08:02
ありがとうございます!!
見てみます!!!
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207
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無題
投稿者:
奈津穂
投稿日:2011/11/03(Thu) 20:50
今年の合唱コンクールで、蒼鷺を歌わせていただきました。結果は…最優秀賞で、グランプリをもらいました!!
今年は3年連続最優秀賞がかかっていたし、何より私たちにとって最後の合唱コンクールだったので、すごく曲選びには迷いました。特に私は指揮者なので、たくさんたくさん曲を聞きました。そんな中で出会ったのが、「青鷺」でした。
この曲を始めて聞いた時は、もう鳥肌が立って、今すぐにでも歌いたいという気持ちでいっぱいでした。音楽の先生には、「難しい曲だから…。」と言われていましたが、クラスのみんなと話し合い、蒼鷺をうたうことにしました。
気持ちを込めるところ、強弱の対比をはっきりさせるところ、リズムの緩急をつけるところなど、さまざまな点で苦労しました。時には、クラス内分裂とかあって、もう、本当にやめたくなる時もありましたが、伴奏の子や、友達の支えもあって、なんとか完成させることが出来ました。
本番の、あの美しい青鷺は一生忘れません。蒼鷺ありがとう、みんなありがとう!!
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212
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Re: 無題
投稿者:
ハヤ太くん
投稿日:2011/11/05(Sat) 08:00
お疲れ様です!!
僕も最優秀賞とれるように
がんばります!!