長寿記録
- 2010年07月08日
- 生態
アオサギというのは大きな鳥で、その上、警戒心が強いためになかなか捕獲できません。以前、私は研究目的でアオサギに標識を付けようとしたことがありますが、数シーズンに渡ってあれこれやったにもかかわらず、捕まえられたのはたった1羽のみ。しかもその1羽も自分で捕まえたのではないという有り様でした。捕獲用の網を小川のほとりに設置し待機していた時に、縄張り争いをしていたアオサギの1羽が、隣接するふ化場の鳥除けの網にたまたまひかかったのです。
確実に捕獲するということであれば、コロニーで営巣木に登ってヒナを捕まえればいいのではと思うかもしれません。しかし、そうした場合、作業中のコロニーが大混乱になることは必至で、その間に小さなヒナがカラス等に捕食される恐れがあり、とてもできることではありません。そのようなことで、アオサギの捕獲はなかなか一筋縄ではゆかず、日本での捕獲例はこれまでごく少数に留まっているのが現状です。
ところが、そういった障害をどう克服しているのか分かりませんが、ヨーロッパのほうでは昔から相当な数のアオサギに脚輪をつけることに成功しています。あちらでは、ヨーロッパ全土を対象にEuropean Union for Bird Ringing(略称Euring)という団体が標識調査に関することを取り仕切っているようです。この組織のサイトを見ると、ヨーロッパでの標識調査がいかに大規模に行われているかを伺い知ることができます。
たとえば、アオサギの標識調査の結果(回収数)がこのページに載っています。ご覧のように、標識されたアオサギのうち、後に死体が回収されたり、再捕獲、あるいは標識が視認されたりした例がこれまでに16,644件もあるのです。日本だとちょっとがんばればその内容を全部記憶できるぐらいの件数しかないことを考えると、これは想像を絶する数値です。本当にどうやって捕まえているのでしょうね。
さて、ここに集められた膨大なデータですが、上述のサイトからは見ることができません。詳細を知りたい方やデータを何かの分析に用いたい方は同団体に問い合わせれば有償でデータを提供してくれるそうです。もちろん、他の鳥についても同じです。関心のある方は是非!
これで終わっては面白くないので、サイトの中から興味深いデータをひとつ紹介します。鳥の種別の長寿記録です。もちろん一番の興味はアオサギの寿命なのですが、その部分を見ると…、なんと35年と1ヶ月になっています。もちろんこれは最長記録なので、ほとんどのアオサギはもっとずっと若くして死んでしまうわけですが、それにしても35年も長生きするとは驚きました。
この35年という数値を見てまず思い出したのは、「ゴールドスミス動物誌」(オリヴァー・ゴールドスミス著 1774年)のアオサギの寿命に触れた一文です。これは以前、私が掲示板で紹介したことがあり、その記事を「アオサギフォーラム」の「寿命」のページに保存していますので、よろしければご覧になってください。
本の内容を再び抜粋してみます。
近ごろオランダで、州の総督の鷹につかまったサギの例によって、その長命がふたたび確認された。その鳥の片方の足には銀の薄板がつけられており、そこに刻んであった文字は、それがケルンの選帝侯の鷹に35年前につかまったものだということを伝えていた。
Euringのサイトに載っていたのもオランダの事例でした。ですから、これはもしかすると同じものを言っているのではないのかなと最初は思いました。ところが、よく見ると、Euringのサイトに記載されているアオサギは撃たれて死んだことになっているのですね。一方、ゴールドスミスが言及したアオサギは鷹狩りで鷹に捕まえられています。とすれば、このふたつの事例はどうも別物のようです。前にゴールドスミスの本を読んだときには35年というのは何かの勘違いだろうと思ったのですが、これはゴールドスミスさんに失礼でした。アオサギに対する見方がこれでまた少し変わりそうです。これまでは自然界では10年以上生きているアオサギはごくわずかで、20年以上などまずいないと思っていたのですが、実際は二十数歳、もしかしたら三十数歳なんていうアオサギが多くのアオサギの中にごく少数であるにしても何羽かいるかもしれないのですね。
アオサギがそれだけの年月を生き抜くのは大変なことです。普通、何歳ぐらいまで生きるものなのか、アオサギに近縁のオオアオサギについての報告があったので添付してみます。引用はOwen, D.F. 1959. Mortality of the Great Blue Heron as Shown by Banding Recoveries. The Auk. 76(4). 464-470.です。
表の上の段が年齢、下の段がその年齢で死んだオオアオサギの個体数になっています。ほとんどのオオアオサギは巣立って間もなく死んでしまうわけですね。これはアオサギでもまったく変わりません。長寿のアオサギは、最も過酷な1年目を生き抜いて、さらに20年、30年と生き続けるわけですから、これはもうあっぱれという他ありません。そんな古老のアオサギに是非一度お会いして話がしてみたいものです。実際は話をすることはおろか、そもそも、そのアオサギが3歳なのか30歳なのか見分けることすらできないのが残念ですが、それでも30歳のアオサギがこの世に存在するということが分かっただけでも心が豊かになった気分です。アオサギの世界がぐんと深みを増したような気がします。