巣立ってからが大変!
- 2010年09月30日
- 生態
前回の投稿で、今年巣立った幼鳥はこの時期にはすでに多くが死んでいるはずと書きました。2割か3割はもうこの世にはいないだろう、と。それは幼鳥たちの餌捕りの下手さ加減を見れば容易に想像できます。けれども、これはただの推測ではなく、その根拠になるようなデータがずいぶん昔に報告されているのです。その報告というのは、オーエンという人が1959年に発表したオオアオサギの死亡率に関する論文。オオアオサギですからアオサギについてもほぼ同じと考えて差し支えないでしょう。
生存率、死亡率といったこの種の調査は、人の国勢調査と同じで、まず個々の鳥を識別しないことには始まりません。どのように識別するかというと、鳥では脚輪を付けるというのが一般的です。ただ、サギのように警戒心の強い鳥は簡単には捕まりません。そこで、巣にいるヒナを捕まえることになるのですが、樹上高いところに巣をつくる鳥なので作業はとても厄介です。その上、コロニーで捕獲するとなると、よほど注意してタイミングを選ばないと、ヒナが捕食者に襲われるなど彼らの営巣活動に多大な悪影響を与えかねません。そんなことで、私はコロニーでの捕獲は行ったことがありません。ところが、海外では昔からけっこう大胆にコロニー内での捕獲が行われているようなのです。そして、相当数のアオサギやオオアオサギのヒナに脚輪が付けられています。写真は前述のオーエンさんがオオアオサギの巣に登って調査しているところ(D.F.オーエン著、1977年、「生態学とは何か」より)。これはヒナに脚輪を付けるためではなく、おそらく別の調査時の写真だと思われます。それにしても、かなり大きな巣ですね。
話が少し脱線してしまいました。元に戻って死亡率についてです。左のグラフ(上記「生態学とは何か」より、一部改変)は先ほどのオーエンさんがまとめたもので、アメリカ全土で回収されたオオアオサギの1年目幼鳥の死体数を月別に表したものです。オオアオサギの巣立ち時期は個体によって多少ずれますが、大ざっぱにグラフの左端の7月にほとんどのヒナが巣立っているとみなして問題ないと思います。御覧のように死亡数が多いのは巣立ち直後で、その後、徐々に少なくなっていきます。7月の死亡数がそれ以降の数ヶ月にくらべて少ないのは、まだ巣立っていないヒナがいるということと、巣立ち直後で体に多少の蓄えがあり、少々食べなくてもすぐには餓死しないということでしょう。
ともかく、幼鳥にとっては巣立ち直後が最大の山場。別の研究者の報告では、コロニーを出て55日以内に40-70%の幼鳥が死亡するという見積りもあるくらいです。けれども、その時期をなんとか食いつなぐことができれば、翌春を迎える頃には餓死する可能性はぐんと減ります。冬は餌条件が厳しく死亡率も当然高くなるだろうと私は考えていたのですが、そういうわけでもないようです。冬よりも巣立ち直後のほうが圧倒的に死亡数が多いところをみると、餌が得られにくい状況よりも餌獲りの技量が劣ることのほうがよほど致命的ということですね。
こうして、たった1年のうちにかなりの幼鳥が死んでしまいます。オーエンさんはその死亡率を71.1%と見積もっています。これはアオサギの場合でもだいたい似たようなもので、いくつかの研究報告のうち、低いものでも55.8%、高いものでは78%というのもあります。せっかく巣立っても、1年以内に8割近くが死んでしまうのではやりきれませんね。兄弟間のあの熾烈な餌争奪戦を生き抜くだけでも大変なのに、ようやく巣立つことができたと思ったら、その時点で、一年後に生きている確率は20%と宣告されるのですから。
けれども、その一年を無事に切り抜けることができれば2年目の死亡率はぐんと下がります。そして、3年目以降はだいたい20〜30%ていどで推移するようです。それでもやはりかなり高い死亡率です。ちなみに、死亡率20%というと、たとえば日本人の男性では93歳頃の死亡率と同じです。アオサギやオオアオサギに関する死亡率は複数の研究で調べられていて、だいたい同じような推定値が出ています。それらの結果をもとに平均的な値をとって生存率を計算すると、100羽のヒナが巣立ったとして、10年後まで生きられるのは1羽か2羽というところ。ただし、中にはその後さらに10年、もしかすると20年と生きるサギもいるのですから、決して短命なわけではありません。彼らの大多数は一年未満、そうでなくてもほんの数年の命しかありません。しかし、その一方でごく少数のサギたちは何十年も生きることができるのです。何とも不思議な世界です。