アオサギを議論するページ

エロスと炎の連鎖

今回は名前の話を取り上げてみたいと思います。名前というと、少し前に鷺という漢字の由来について書いたところですが、今回は横文字の世界の話です。

ともかく、名前の由来というくらいですからギリシャ、ローマという古い時代まで遡らなければなりません。まずはギリシャ。あちらの言葉でサギはερωδιόςと書くそうです。これでは何だか分からないのでアルファベットにしてみるとerodiosとなります。じつは、この語はギリシャの愛の神であるエロス(Eros)に由来するのです。

そもそもエロスという神様はゼウスよりもさらに古く、ほとんど宇宙創世の頃から存在しています。面白いのは、彼が生まれたのが原初の卵からだとされていること。まるで鳥のような生まれ方です。さらにこの神様は翼まで持っているのですから、ほとんど鳥の化身のようなものです。これで少しはサギとの接点が見えてきました。

けれども、エロスが鳥の属性をもつことは分かっても、それがなぜサギでなければならないのかは説明できません。サギに何かエロスを連想させるものがあったのでしょうか? それはともかく、サギに付与されたエロスのイメージはその後も細々と保持されていたらしく、中世の書物の中には、性欲があまりに旺盛で疲れ果てた人々のシンボルとしてサギが描かれることもあったようです。実際のサギはそんなに色情狂のようにも見えませんけど、間違ってつくられたイメージだけが独り歩きしてしまったようですね。もっとも、このイメージはそれほど一般的なものにはならなかったようで、アオサギに限って言えば、西洋の中世では忍耐強くて思慮深いという肯定的なイメージで捉えられるのが普通です。

さて、お次はラテン語です。ラテン語は学名にそのまま使われているのでギリシャ語よりは多少馴染みがありますね。アオサギの学名はというと、Ardea cinerea。後ろのcinereaのほうは「灰色の」という意味でアオサギの羽の色をそのまま表しています。問題はArdeaのほうです。

じつは、このArdeaの語源については以前も話題にしたことがありまして、その時は、Ardua(高い)に由来するという説を紹介しました。これは7世紀前半にセビリアのイシドロという司教が著した「Etymologiae(語源)」と言う本から引用した説です。ところが、最近、これとは別の説を発見しました。その説が載っているのは比較的最近の17世紀にジョン・スワンという人の書いた「Speculum mundi(世界の概要)」という本です(写真は扉絵でしょうか?)。これによると、ardeaはardeoに関連した言葉なのだとか。ラテン語はちっとも分かりませんが、たぶんardeoの格変化したものがardeaになるような気がします。この辺、詳しい方がいらっしゃれば是非ご教授ください。【追記:ardeoの変化系にardeaはないとのご指摘をいただきました。格変化でなく派生語と考えるのが妥当のようです】

問題はこのardeoの意味です。ずばり、これは燃えるという意味なんですね。「Speculum Mundi」では、燃えることとサギの関連について、サギが怒りっぽく激情に駆られやすい生き物だからとしています。しかし、これはあまりに短絡的な説明です。サギが怒りっぽいとかいう偏見は一蹴するとして、何かもっと説得力のある説明があっても良いはずです。そこで私が取り上げたいのはあのフェニックスとアオサギとの関係です。

これまでにも何度か書いてきたように、フェニックスの元はエジプトのベヌウだとされています(詳しくは「神話の中のサギ」を御覧ください)。そして、そのベヌウの原形はとりもなおさずアオサギなのです。さらに、フェニックスと言えば火の鳥とも呼ばれますし、死期が近づくと自らの身を炎に投じて体を焼き尽くすというように、火とは切っても切れない関係にあります。もちろん、ベヌウも火とは分かちがたく結ばれています。なにしろ太陽神ラーの化身のような存在なのですから。とすれば、サギにardeaの名を与えた人が、フェニックス、ベヌウと連なる炎の系譜の先にアオサギを見ていたとしても一向に不思議はないと思うのです。

さらにもうひとつ、ここに興味深いイメージの連鎖があります。「Metamorphoses(変身物語)」は 古代ローマの詩人オビディウスが書いた本で、そこでは史実と幻想が入り乱れる不思議な物語が展開されます。この中でトロイ戦争当時にArdeaという町が陥落するくだりがあり、町が焼き尽くされ瓦礫と灰になったあと、まだ暖かい灰の中から一羽の鳥が飛び立つ場面があります。これは自分を燃やして灰の中から自らを再生するというフェニックスのイメージに他なりません。しかし、このArdeaの町から飛び立つのはフェニックスではなく一羽のアオサギなのです。火の系譜を通して、アオサギとフェニックスはイメージの中でほとんど同一視されるまでになっています。

古代エジプトからギリシャ、ローマへと数千年をかけて連綿と受け継がれてきた炎にまつわるイメージの連鎖を思うとき、アオサギがArdeaの名をもつことは何の不思議もありません。であれば、サギのラテン名Ardeaの語源はardeo(燃える)に求めるのが自然ではないかと。少なくとも、イシドロ司教のArdua(高い)説よりはよほど説得力があると思うのですが…。

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