アオサギを議論するページ

アオサギの推定個体数

先日、発売されたBIRDERの記事に、アオサギの個体数を全国で約3万羽と見積もった一文がありました。こうして具体的に数値を示されると、それだけでインパクトがあるというかいろいろ考えてしまうものですね。じつは、国内のアオサギの生息状況については全国的な調査どころか地域レベルの調査さえごく僅かしか行われていないのが実情で、BIRDERに示された推定値も妥当なものかどうかは誰にも分かりません。ただ、大雑把な推定値であるにせよ、この数値は実際の個体数からそれほど大きくはかけ離れてないように私には思えます。少なくとも数千ないし数十万という単位ではなく、数万のオーダーであることはまず間違いないのではないかと。そこで今回はこのアオサギの個体数について私も独自に推定してみたいと思います。

estimated population地域別に、まずは北のほうから。北海道では2000年代前半に北海道アオサギ研究会が全道をくまなく調査しており、道内の生息状況は比較的よく分かっています。その報告書によると、当時の営巣数は約4,500巣と見積もられています。アオサギは一夫一妻ですからこれを単純に倍にして約9,000羽の成鳥がいることになります。その後は同水準か多少増えたかなというていどなので、現在はちょうど10,000羽ぐらいでしょうか。繁殖に参加しない幼鳥を入れると実際の個体数はもう少し多くなりますが、今回はとりあえず繁殖している成鳥だけで考えることにします。

北海道は面積が広い上に彼らの生息に適した環境も多いため、単独の都道府県としてはアオサギの個体数はもっとも多いと思われます。一方、密度から言えばもっと高密度にアオサギが暮らしている県があります。たとえば福井県。じつは日本海側は昔からアオサギが多いのです。福井県では日本野鳥の会福井県のサギ類調査グループが、毎年、県内の全コロニーをモニタリングしています。その報告によると、2011年は県全体で628巣が確認されたそうです。個体数にして1,256羽。隣の石川や富山も同じような生息状況だとみなすと、北陸全体で3,500羽といったところでしょうか。

同じように、長野県では県の環境保全研究所が、2007年に全県を網羅した調査を行っています。この調査では718巣が確認されています。これも単純に倍にして1,436羽。隣の新潟県も日本海側ということで個体数は多いと思われますから、甲信越地方全体では3,500羽ぐらいかなと思います。

一方、太平洋側の地域ですが、こちらはあまりいないのかなと思いきや最近はそうでもないようですね。たとえば茨城県。ここは筑波大学などを中心に昔からサギ類の調査が熱心に行われてきた地域です。彼らが2000年代初めに県中南部地域で行った生息状況調査のごく簡単な結果がこちらで見られます。これによると、茨城県の中南部地域では、サギ類のコロニーの中でアオサギが占める割合はたった4%に過ぎないことが分かります。個体数にするとおよそ770羽ほどになります。他の地域は茨城の例を参考に、地形や餌場のことなどを考慮しつつ半ば直感で数値を当てはめていくしかありません。ということで、関東全域では3,000羽ほどになるのではと推測します。

ところで、上記資料にあるように、筑波の人たちは滋賀県にも出かけて同様の調査を行っています。こちらはアオサギの割合が4割と格段に高くなっています。個体数も滋賀県全体でおよそ2,550羽。先ほど福井県のアオサギ密度が高いと書きましたが、計算してみると滋賀県はその2倍以上の密度になるようです。広い水辺のある環境は水鳥にとってはやはり魅力なのですね。

近畿では他に京都でもコロニー単位で個体数が記録されています。これは京都府の佐々木さんが調べられたもので、こちら(PDF)で結果を見ることができます。1997年の調査とややデータが古いのですが、当時の個体数はおよそ870羽ほどになるようです。

大阪のほうでも記録があります。これは大阪市立自然史博物館の和田岳さんによって1990年代後半に調査されたもので、その結果は大阪府下のサギの集団繁殖地のページにまとめられています。それによると、当時の営巣数は200数十巣ほどになります。その後の生息状況については分かりませんが、当時から変わっていないと考えると個体数にして500羽ていど。近畿地方全体では、全てひっくるめておよそ5,000羽と予想しました。

広域での調査結果をいくつか挙げてきましたが、こうした調査が行われることは稀で、私も上で紹介した調査以外はほとんど知りません。もし地域のアオサギ個体数に関するまとまった資料をご存知の方がおられましたら御教示いただければ幸いです。そのようなわけで、以下の地域については具体的なデータが無く、ますます心許ない推測しかできません。まったくいい加減で申し訳ないのですが、そこのところは目を瞑ってもらって、今回は無理矢理にでも数値を出してみたいと思います。

まずは東北地方。ここは太平洋側にはそれほど多くないと思われますが、面積が面積ですから全体で6,000羽ていどになるのではないでしょうか。東海は関東と同じような状況だとみなして3,000羽。西日本の状況についてはさらに根拠がありませんが、他の地域の個体数と同程度ではあっても多いということはなさそうです。中国4,500羽、四国1,500羽、九州3,000羽ぐらいかと。沖縄は繁殖していないはずですから生息しているとしても僅かでしょう。

そのようなことで、ここで見積もった数値を全部足すと43,000羽になりました。これに繁殖に参加していない幼鳥を加えて50,000羽ぐらいにはなるかなと。前後2万ぐらいの誤差はあるかもしれませんが、他に全国のアオサギ個体数の推定値が無いので、大雑把な数値でも何も無いよりはましでしょう。

さて、国内のアオサギの5万という数、多いと思われたでしょうか少ないと思われたでしょうか? 何を基準に置くかで感じ方はずいぶん変わってくると思いますが、たとえばマガンの国内個体数は冬だけとはいえ15万を超えています。アオサギが5万としてその3倍もいるわけです。そして、片方は天然記念物であり、もう片方は有害鳥獣なのです。これはアオサギにしてみれば理不尽なことこの上ないですね。もちろん、両種の生態も人との関わり方もまるで異なるので個体数だけで比較するのは無謀ですが、現実を客観視する上でこうした比較はまったく意味の無いことではないような気がします。

あるいは人と比べればどうでしょうか? 我々人間の多さに比べれば5万など吹けば飛ぶような少なさです。国内に限って言えば、ヒト2,500人に対してアオサギ1羽といったところです。アオサギが多いか少ないかは別にしても人が多すぎるのは間違いないでしょう。人とアオサギとの間には何かとトラブルがありますが、そもそも人がこの地上に無闇に増えすぎたことがあらゆる問題の根源。アオサギの行為をあれこれ言う前に、まずはそのことを自分たちの原罪として常に認識しておかなければと思います。

北の大地で撮られた知られざる姿

北海道、幌加内町にお住まいの内海千樫さんは、永年、アオサギを専門に撮ってこられた方で、これまで道内や東京でアオサギの写真展を何度も催されています。その内海さんのアオサギの写真がBIRDERの今月号で紹介されていました。タイトルは「アオサギの子育て 〜北の大地で撮られた知られざる姿〜」。コロニーを中心としたアオサギの日常風景が、9ページ、15枚の写真の中に切り取られています。

巻頭の見開きページでは、内海さんがアオサギの成人式と呼ぶ巣立ち直後の幼鳥たちだけが集まった写真があります。この写真の臨場感はちょっと他では得られません。写真をお見せして説明できないのがもどかしい限りですが、先日発売されたばかりですので気になる方はぜひ手にとって御覧になってください。

アオサギ一羽一羽

20年も前のことを考えると、人とアオサギの距離はずいぶん縮まったなと思います。地域によってはアオサギが人馴れし、彼らに近づける距離が実際に近くなった場合もあるかと思いますが、そうでなくてもデジカメやネットの普及で、昔とくらべればはるかに彼らの姿を間近で見られるようになりました。最近では、NYのオオアオサギのライブ映像のように、写真だけでなく動画を通して彼らの日常を詳らかに観察できるものまであります。

facesこんなふうに状況が変化してくると、彼らを見る目も自ずから変わらずにはいられません。少なくとも私の場合は、昔は百メートルも離れたところから双眼鏡やプロミナで遠望するのがやっとでしたから、アオサギを観察していても、一羽一羽を個々のアオサギとして意識することはほとんど無かったように思います。とくにアオサギの場合は遠目には雌雄の区別さえ難しいですし、おまけに集団で繁殖していますから、どうしてもひとまとめのアオサギとしてみなしてしまいがちだったのです。

ところが、上の写真のように羽毛の一本一本まで細かく見られるようになると、これはもう一羽一羽まったく別のアオサギです。写真は齢の違うアオサギを並べているので違っていて当然なのですが、それでも20年前ならここまでの違いをはっきり意識していた人は、よほどの専門家でない限りほとんどいなかったのではないでしょうか。

facesここまで彼らの姿がクローズアップされるようになると、顔の表情まで気になります。右の写真はその一例。皆、だいたい同じぐらいの齢のヒナです。こんなふうに様々な表情があるのですね。もっとも、これは正面から見たときの多少おかしな表情ばかりを選んでいるので、多様な表情とはいえないかもしれません。実際はもっと凛々しく見えるときもあれば可愛らしく感じられるときもあり、哀感を帯びた表情になるときもあります。目とくちばししかないのに、どうしてこれほど豊かな表情が生まれるのだろうと不思議なほどです。まあ、それを言えば人間も似たようなものですが。

ともかく、昔と比べて彼らが意識の上でより身近な存在になってきたのは確かだと思います。野外では遠目にしか見られないかもしれませんが、一見同じようなアオサギでも、じつは一羽一羽まったく別のアオサギです。その意識が頭のどこかにあれば、たとえ遠目にしか見られなくても身近に感じることは可能だと思うのです。

結局、種は違えど、人もアオサギも、一人一人、一羽一羽が独自の個性をもって存在しているということなのでしょう。この本質的な部分では人とアオサギは何も変わりません。同じ生き物として、良き隣人でいたいものです。

コロニー放棄の経緯

しばらく前に、当サイトの「アオサギ掲示板」で、アオサギコロニーが消滅したとの情報を教えていただきました。それ以来、そのことについてあれこれ調べています。まだ何が原因で放棄に至ったのか確かなことは分かっていませんが、アオサギの保護保全に関わるひとつの参考事例として、これまでの経緯だけでもとりあえずまとめておこうと思います。

消滅したのは北海道の幌加内町にあったコロニーです。雨竜川の河畔林に十数つがいが巣をかけており、今年で8年目の営巣でした。周りは田圃や畑の広がるところで、人家もほとんどありません。コロニーの存在を知る人はごく僅かだったはずです。それが5月末頃に完全に放棄されてしまいました。幌加内といえば国内でももっとも寒い地域のひとつで、アオサギはかなり遅い時期になってから繁殖を始めます。とはいえ、さすがに5月末ともなればほとんどの巣には小さなヒナがいたはずです。その時期にヒナを置き去りにして逃げたわけですから、よほどのことがあったのだと思います。

さっそく現地の状況を調べに行ったところ、コロニーのある樹林で伐採工事が行われていることが分かりました。なんでも河川の保護工事を行うために樹林の伐採が必要だったということです。伐採箇所はコロニーそのものにはまだ及んでいませんでしたが、コロニーからほんの4、50mの距離まで迫っていました。その近さで木をバリバリと倒されたら、安心して営巣できるわけがありません。ただ、その後、この工事を施行している河川事務所に尋ねたところ、この伐採作業が行われたのは6月4日、つまりコロニーが放棄された後ということで、伐採作業自体が営巣放棄に関係したわけではないようでした。

backgroundこのコロニーでは5月上旬にアオサギが営巣しているのが目撃されています。コロニー周辺での工事が始まったのはその後のことです。そして、5月28日にはアオサギはコロニーから少し(たぶん100mていど)離れた別の林に移っていたようです。おそらく緊急避難的に場所を移したのでしょう。さらに6月1日頃には、そこから5キロほど離れた林で新たに営巣を試みています。

一方、工事のほうはというと、伐採を除けば営巣放棄の原因となりそうな作業はほとんど見当たりません。考えられるとすれば、コロニーの川向かいにある堤防の測量ですが、その堤防は川を挟んで100m以上も離れたところにあります。アオサギは警戒はするかもしれませんが、放棄となるとこれはまた別次元の話。普通に測量していただけなら、その作業が影響したとはちょっと想像できません。ただ、この測量は5月22日と28日に行われており、28日にアオサギが緊急避難したと考えると時期的にはぴったりと符合します。

いずれにしても、工事との関係は疑われこそすれ断定はできないというのが今の状況です。もし、工事の影響でないとすれば、あと考えられるのは捕食者でしょうか。アオサギの営巣に深刻な被害を与えそうな相手としては、たとえば、オジロワシ、クマタカ、アライグマ、ヒグマあたりが挙がりますが、現地ではこれらの捕食者は見かけないということです。たとえいたとしても、いったんヒナが生まれてしまえばアオサギもそう簡単に放棄することはないでしょう。

ところで、今回の河川保護工事はコロニーの存在が分かった時点でストップしました。これは河川事務所が独自に受注業者に指示したもので、その判断は妥当なものだと思います。けれども、伐採中止の指示が現場に届いたのは伐採を行った当日だということで、これは問題です。前述したように、伐採を行う以前にコロニーは放棄されていましたから、今回の放棄の原因は伐採そのものというわけではないようです。しかし、もし伐採を行うときまでアオサギが営巣を続けていたら、伐採が彼らをコロニーから追い出したことは間違いないでしょう。結果的に放棄と工事との関係が薄くなっただけで、今回の工事に問題が無いというわけではありません。

問題は、アオサギのコロニーを含め鳥獣の生息状況を把握するための事前調査が十分でなかったことにあります。今回の工事は、法的に環境影響評価が必要な規模ではないようですが、だからといって何の調査もせずに何をやっても構わないというものではありません。今回の工事でも河川巡視という形で工事箇所の状況は何度か確認しています。アオサギのコロニーに気付いたのもその巡視においてでした。しかし、この巡視は対岸の堤防を車で移動して見回るていどのもので、鳥獣の生息状況を把握するためには最低限のものですらありません。せいぜいアオサギのコロニーに気付くていどのものでしょう。それに、寒いところとはいえ、5月に入ってからの調査では、葉も繁りますし樹林内部の様子など外からはまったく伺い知れません。樹林内でどんなに多くの鳥獣が暮らしていても、その命はほとんど無視されてしまうわけです。十分な事前調査を行うことは当然ですが、工事関係者には、鳥類の繁殖が集中する時期の樹林内作業は極力避けるようスケジュールを調整してほしいものだと思います。今回、このことは河川事務所のほうにも要望しておきました。

ところで、今回、コロニー放棄の情報を「アオサギ掲示板」に投稿してくださったのは、幌加内にお住まいのエゾミユビゲラさんです。エゾミユビゲラさんによると、6月初めにご自宅に隣接する林にアオサギが巣をつくりはじめたのを目撃し、放棄されたほうのコロニーに何かあったのではないかと思ったそうです。案の定、そうだったわけですが、じつは、このとき新たにつくりはじめた巣で、今も10つがい以上が営巣を続けているそうです。人一倍アオサギに思い入れのあるエゾミユビゲラさんですから、アオサギがコロニーを構える場所としてこんな安全な場所はまたとないでしょう。巣をつくりはじめてもうひと月、そろそろヒナが生まれる頃でしょうか。今度こそ安心して子育てを続けてほしいものです。

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