鳴き真似するサギたち
- 2014年04月01日
- その他
《注意》この記事はエイプリルフール用に嘘八百を並べたものです。当日、真に受けて読んでいただいた方々に心より感謝申し上げます。
今年もアオサギの子育ての季節がやって来ました。ここ北海道は渡りの真っ最中。早く到着したサギたちの中にはすでに卵を抱いているところもあるようです。ところで、この時期に子育てを始めるのはアオサギばかりではありません。当サイトで何度か紹介したことのあるニューヨークのオオアオサギも少し前から雄が巣に出入りしはじめています。その様子についてはコーネル大学のライブ映像プロジェクトが詳しく伝えていますので興味のある方は御覧になって下さい。営巣状況はコーネル大学のツイッターでも随時報告されています。ただし、ライブ映像のほうはまだ空っぽの巣しか映っていないかもしれません。
さて、つい数日前のことですが、このプロジェクトメンバーの一人からアオサギの声について教えてほしいとのメールを受け取りました。具体的には、アオサギが他の鳥や動物の鳴き声を真似ることがあるかという質問です。彼によると、ライブ映像のデータを整理していたところ、オオアオサギがナキハクチョウやカナダガンの鳴き真似をしているところが録音されていたというのです。じつは、このことは先に紹介した大学のツイッターのほうでは1週間ほど前から話題になっていました。オオアオサギでそうなら近縁のアオサギでも同様の事例があるのではというので私に質問が回ってきたわけです。
これは本当にわくわくする話です。というのも、当サイトの「アオサギの声」のページで紹介しているように、アオサギでもニワトリやブタの声を真似たかと思われるような鳴き声を確認しているからです。以下に上記ページからその2種類の声のみ抜粋して載せておきます。
これらの声は営巣中のアオサギのものですが、このコロニーの周辺には数軒の養豚場があり、ブタはもちろん、ニワトリの声もしょっちゅう聞こえてくるようなところなのです。一方、ニューヨークのオオアオサギのほうは、ライブ映像にあるように巣の真下は広い池で、雪解けからしばらくの間はハクチョウやガンの声でずいぶん賑やかになります。つまり、暮らしている環境で普段耳にする声を真似ているということですね。サギの声といっても、例のギャーとかグワッとかいった声ばかりではないのです。アオサギを悪声と非難する人たちもこれで少しは考えを改めるのではないでしょうか。
そもそも、アオサギ、オオアオサギをはじめとしたアオサギ属の鳥は、学習能力の点ではカラス類に匹敵するかもしくはそれ以上だと主張する研究者もいるくらいですから、このぐらいのことは出来て当たり前なのかもしれません。アオサギの場合、声帯の制約があって発声できないだけで、もしオウムのように自由に声を操ることができるのなら、彼らも案外、人の言葉をしゃべれるのかもしれません。
まあ、そこまでは無いとしても、アオサギ属が鳥獣の声を模倣する習性をもつのはまず間違いないと思います。じつはアオサギのボーカルコミュニケーションについては私も以前から興味をもって調べており、文献調査でそうした習性をもつサギが少なくとも1種、過去に存在した形跡を確認しています。このサギは中国東北部から朝鮮半島にかけて生息した Ardea grandis という名のサギで、その学名のとおりかなり大型だったようです。ただ、たいへん残念なことに9世紀前後に絶滅し、現在は標本も残っておらず、古い文献の中にその面影を残すのみとなっています。大きさについては唐代に編纂された『新修本草』にタンチョウと同大かやや大と書かれていますから、現存する最大のサギ類であるオニアオサギ(全長150センチ)と同じくらいのサイズだったのでしょう。このサギ、その大きさもさることながら、やはり何と言っても特徴は他の鳥の鳴き真似ができたこと。先の本草書では、中でもタンチョウの鳴き真似がもっとも似ていると評されています。
タンチョウの鳴き真似については、当時、大陸に渡った日本人も見聞しています。以下の歌は『万葉集』巻十七に載せられているもので、小野朝臣宇曽麻呂という人が新羅に遣わされた折に詠んだとされています。
新羅野の樺の古枝にたづ待つと居りしおほさぎまねび鳴くかも
「たづ」というのは古語で鶴の意、「おほさぎ」というのが上記 Ardea grandis のことです。『新修本草』ではこのサギを「巨鷺」と呼んでいますから、「おほさぎ」は「巨鷺」をそのまま訓読みしたものと思われます。ツルほどもある大きなサギが樹上にとまっている光景は信じがたいものですが、そこでタンチョウの鳴き真似をしているというのはユーモアを通り越してどこかもの悲しくもありますね。もっとも、そうした哀感はこの巨大でちょっとユーモラスなサギがすでにこの世に存在しないことと無縁ではないかもしれません。
ところで、このサギの生息域は上述したように大陸であって日本に飛来することはほとんどなかったようです。ただ、迷鳥として飛来することがどうやらごく稀にはあったようですね。『摂津国風土記』に以下の一文があります。
郡(こほり)の北に山あり。法羅(ほら)の天皇(すめらみこ)、此の山にみ狩したまひし時、大きなる鷺、み前にいで立ち、雜(くさぐさ)の鳥、獣の聲をまねびき。天皇(すめらみこ)、ここに大(いた)く恠異(あや)しと懐(おも)ひて、放免(ゆる)して斬らざりき。故(かれ)、巨鷺(おほさき)山といふ。
説明するまでもなく書かれたとおりの意味です。こんな鳥が目の前に現れたら天皇でなくても怪しいと思うでしょう。普段、サギと言えばシラサギかアオサギかというところに、見たこともないツルほどもあるサギが現れて、しかもいきなりさまざまな鳥や動物の声で鳴き始めるのですから驚かないほうが不思議です。アオサギは後の世で妖怪扱いされたりもしましたが、その元凶はもしかしたらこのへんにあるのかもしれません。なお、巨鷺山というのは現在の六甲山のあたりとされています。ついでに言えば、この巨鷺(おほさき)が大阪の名の由来となったとする説もあるようです。
思いがけず話があちこちに飛んでしまいました。結局のところ、ニューヨークのオオアオサギがハクチョウやガンの鳴き真似をするのは、こんな背景を知っていると大騒ぎするほどのことではないとも言えます。ただ、そうは言っても、ギャッとかゴワッとかいう声だけでなく鳴き真似の声もぜひ聞いてみたいですよね。その辺はサービス精神旺盛なコーネル大学のこと、きちんとネット上で視聴できるようになっています。このページ、昨日まではナキハクチョウとカナダガン、それに私が提供したニワトリとブタの4種類の声だけだったのですが、いま見てみると、オランダの動物園で飼育されているアオサギの声が追加されていました。このアオサギ、どうやら百獣の王になったつもりのようです。これはまたそうとうなインパクト! 必見です。 ⇒ 「Funny Voices of Herons」