アオサギを議論するページ

風変わりな営巣地(その3)

前回前々回と沖合の岩礁で営巣するサギたちをご紹介しました。海鳥でもないアオサギが陸から離れて営巣するのですから、これらはかなり珍しいケースといえます。さらに、前々回の江差コロニーは岩礁上に直接巣を置くタイプの営巣で、これは海外を含めてもかなり特殊な事例のはずです。その点、今回ご紹介するケースはお馴染みの樹上営巣。ただ、コロニーの立地環境が尋常ではないのです。

瀬棚これはあれこれ説明するより写真を御覧いただいたほうが早いですね。まずは北海道瀬棚町のコロニー(右写真)。写っている水域は農業用貯水池で、画面中央にしょぼしょぼ見えているのがヤナギの枝です。ヤナギの下半分は水中にあり、枝先だけが水面に出ています。そこに5、6個、染みのように見えるのがアオサギの巣。一応、樹上営巣ですが、実質的には水上営巣のようなものです。この貯水池ではこのような感じで61つがいが営巣していました。

777巣の様子は左の写真のほうが分かりやすいかと思います。ここには2つの巣が写っており、右の巣は水面上1mほどの高さにつくられています。一方、左の巣は完全に水面に接しています。このような水面ぎりぎりの巣は他にもたくさんあり、中には巣の途中まで浸水し、波にゆらゆら揺れながら抱卵している親鳥もいました。水位があと10センチ高くなればかなりの巣が放棄せざるを得ない、そんな危うい状態で卵を抱いているのです。

ただ、この貯水池はダムの構造上、これ以上水位が上がることはありません。写真を撮ったのが4月下旬で、これが満水の状態です。農業用ダムのため、この先、田圃に水を張る時期になれば水位はどんどん下がります。つまり、このとき営巣の確認された61巣については、この先、浸水の恐れはほぼないといえます。逆に考えれば、雪解けからこの時期までは水位はぐんぐん上昇してきたわけで、低い枝にかけられていた巣はこれまでにことごとく水没したはずです。この場所で長く営巣しているつがいなら低所での営巣が危険なことを身をもって分かっていると思いますが、必ずしもそんなつがいばかりではありません。巣はつくったものの途中で水没し、改めて高いところにつくり直したというペアも少なからずいたと思われます。

北檜山じつは、このようなタイプの営巣地はここだけではありません。このコロニーから10キロほど南の北檜山町にも同じようなコロニーがあります(右の写真)。こちらは小さなため池で、巣の数も10に満たないような小さなコロニー。写真では低木に巣がかけられているようにしか見えませんが、実際は手前の緑に見えている部分が土手で、その向こうに見える木はすべて水中に立っています。さらに、道北の朝日町三栄と道央の岩見沢市宝池(後者はすでに消滅)のサギたちも貯水池の浸水したヤナギ林に営巣しています。このように、北海道では水上での樹上営巣が4ヶ所も確認されているわけです。

では、ここから樹上営巣という条件を外すとどうでしょうか。その場合、該当するコロニーはさらに増えます。水上で樹木以外のものに営巣しているコロニー、たとえば、岩見沢市幌向ダム小樽市朝里ダムのコロニーがこれに当てはまります。残念ながらいずれもすでに放棄されていますが、両者ともブイの上に巣をかけるというじつにユニークな営巣形態でした。以上、併せて6コロニー、これらは見かけの違いが多少あるとはいえ、いずれも水で周りを囲まれているという点が共通しています。そう考えると、前回前々回の岩礁上のコロニーもこれらと同一カテゴリーにあるとみて差し支えありません。併せて8コロニー、ここまで数が多くなるとさすがに特殊特殊とばかりも言ってられなくなります。

それにしても、なぜ彼らはこのような変わった場所を選ぶのでしょう? 水で囲まれた環境下での営巣は通常の樹上営巣に比べて何かと不便なはず。不都合が多いのは明らかです。何より浸水のリスクに常に晒されていなければなりません。これは相当なストレスだと思います。にもかかわらず敢えてこのような場所に営巣したのは、従来の樹上営巣によほど深刻な問題があったということでしょう。その深刻な問題が捕食者であろうことはほぼ間違いありません。地上性の捕食者から自分の巣を守るために水を障壁として利用する、それが彼らの戦略なのだと思います。

問題はその捕食者がいったい何者かということ。北海道の場合、犯人はおそらく2者に絞られます。アライグマとヒグマです。北海道ではこのどちらもが木に登ってアオサギの巣を襲うことが確認されています。たぶん地域によってアライグマが問題になることもあればヒグマが問題になることもあるのでしょう。今回の瀬棚や北檜山、前回の福島といった辺りはいずれもヒグマの生息密度が高く、アライグマはまだ進出していません。つまり、これらの地域はヒグマが原因である可能性がかなり高いと考えられます。他のところも周辺環境を考えた場合、どちらかというとアライグマよりはヒグマが原因のところのほうが多いように思います。

こう見てくると、北海道のアオサギにとってヒグマの存在というのは予想外に大きいのかもしれません。思えば、昔、北海道では、アオサギのコロニーは湿原のハンノキ林にあるのが普通でした。ハンノキでなくヤチダモやハルニレの場合もありますが、いずれにしてもコロニーの林床はヤチ坊主が育つような湿地だったかと思います。そのような場所にはヒグマは来ませんし、だからこそ安心して大きなコロニーがつくられたのでしょう。ところが、近年になってそうした湿地は次々に無くなってしまいました。本来の住処を奪われたアオサギは仕方なく山の森に移り、そこでヒグマに襲われ…、そして困ったアオサギが行き着いたのが水で囲まれた営巣環境だったのではと思うのです。もっとも、水上営巣は選択肢のひとつに過ぎません。ヒグマが出てこないという条件を満たすのであれば、たとえば森から切り離された平地の孤立林に引っ越すのもひとつの手です。実際、近頃は街中の公園で営巣するアオサギも珍しくなくなってきましたし。そういう意味では、アオサギが近年、町近くや街中に進出してきたのは、その理由にヒグマ対策という面もけっこうあったのではという気がします。

このように書くと、ヒグマが主体となってアオサギの生息状況がかき乱されているように思えますが、ヒグマは何も特別なことをしているわけではありません。そもそもは人が湿地を潰したり従来のアオサギの生息環境を奪ったことが原因なわけです。今回の話でも分かるとおり、アオサギという鳥はじつに柔軟で多様な生活様式をもっています。言い換えれば、環境の変化に対し適応力が高いということです。そしておそらくその高い適応力こそがアオサギの今日の繁栄を支えているのだと思います。しかし、彼ら当人にしてみれば、日々の逆境を何とか工夫して切り抜けているだけで、いま現在けっして望ましい状態で暮らしているわけではありません。街中で子育てしたり、水没しかけのヤナギに巣を構えたりするのはやはり尋常なことではないのです。彼らがあまりに器用なせいで、私たちは彼らの生息環境の劣化についてついつい目を逸らしてしまいがちです。しかし、それでは彼らに対してあまりに不誠実。彼らの適応力がいかに高くてもその能力には必ず限界があります。そして私たちが気にしないでいるうちに彼らの能力はその限界に着々と近づいている、そのことはしっかり心に留めておかなければならないと思います。

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