サギとワシと言えば、日本ではアオサギとオジロワシ。この2種、どちらも主な餌が魚で同じようなところに住んでいるので子育てシーズンにはよく揉め事が起こります。端的に言うと、オジロがアオサギのヒナを食べてしまうのですね。北海道ではそれが原因でアオサギがコロニーを放棄するというケースがときどき見られます。
同じようなことが太平洋の対岸でも起こっています。ところはカナダ、バンクーバー。あちらですから、サギはオオアオサギ、ワシはハクトウワシです。ただ、両者の関係はこちらとは少し違っているようです。
バンクーバーやシアトル周辺は海岸線が入り組んでいて深い入り江の多いところです。そのため、魚食性の鳥たちにとってはかなり住みやすい環境のようで、以前から何千羽というオオアオサギが数十のコロニーに分かれて住んでいました。一方のオジロワシはというと、一時期かなり減っていたようです。というのも、農薬に使われていたPCBがワシの卵の殻を薄くしてしまい、卵が割れ、ヒナが育たなかったのです。その後、PCBが禁止されてワシが少しずつ増えはじめたのが70年代。前述のとおり豊かな餌場があるものですからその後もどんどん増え、90年代にはワシに開拓されていない良い餌場はほとんどなくなってしまいました。
そうなると、良い餌場を確保できず十分に魚が獲れないワシたちはオオアオサギのヒナに目をつけるようになります。サギはたまらずコロニーを放棄。最初のうち、サギたちは分散して小さなコロニーをつくっていたそうです。状況の変化についていけず、どうしたら良いのか分からなかったのでしょうね。とりあえずやばい奴から距離を置いたという感じでしょうか。しかし、サギたちは間もなく次の行動に移りました。なんとワシの巣の近くに敢えてコロニーをつくるようになったのです。極端な場合、サギとワシが同じ木で営巣することもありました。
Nesting with the Devil from Stephen Matter on Vimeo.
これはいったいどういうわけなのでしょう? 添付したビデオにはその理由が簡潔にまとめられています。ビデオで解説しているのはButlerさんとVenneslandさん。お二人とも同地域のオオアオサギを長年、熱心に追いかけている研究者です。ビデオのタイトルは “Nesting with the Devil”。つまり、オオアオサギが悪魔と一緒に営巣しているという意味です。その真意についてはこの動画の最後でButlerさんが語っています。「見知らぬ悪魔よりは馴染みの悪魔のほうが良い」と。
もう少し具体的に説明すると、この場合の「見知らぬ悪魔」というのは自分のテリトリーをもたず、餌を求めてうろついているハクトウワシを指しています。こうしたワシは魚が十分に獲れないわけですからサギにとってはいつヒナが狙われるかもしれず危険な存在です。一方の「馴染みの悪魔」は巣を構えテリトリーを守っているハクトウワシです。彼らは放浪ワシに比べればとりあえず満ち足りた生活を送っています。サギがどちらかを選ばなければならないとしたら、まず間違いなく後者でしょう。
ここでひとつ予備知識として知っておかなければならないのは、オオアオサギとハクトウワシの間に圧倒的な力の差はないということです。こちらの写真(Owen Deutsch Photographyより)を見ていただくと分かりやすいのですが、両者が翼を広げると大きさにそれほどの差は感じません。実際、ふつうワシがサギの成鳥を襲うことはありません(リンク先のオオアオサギは追いかけられていますが、ワシが積極的に襲ったのではなく、ワシの巣に近づきすぎて追い払われたようです)し、後述しますがヒナを襲った場合でもたいてい親鳥の反撃に遭います。この辺の詳細については Jones et al. 2013 の論文に説明があるので興味のある方はぜひ原典に当たってみてください。
さて、Jonesさんたちによると、サギのコロニーを130時間観察したところ、同居ワシによるヒナ捕食の試みが8回確認されたそうです。けれどもこのうち7回は親鳥がワシを蹴ったり突っついたりして反撃しています。さらに一度などワシを地上まで追い落としたといいますから形だけの威嚇ではありません。結果的に8回のうち4回は親鳥がワシを撃退しているのです。つまり、サギはワシに襲われても一方的にやられるばかりではないということですね。こんな相手ですからワシも安易には襲えません。ましてテリトリーをもっているワシは基本的に餌は足りています。なにも危険を冒してまでサギを相手にする必要はないのです。
もちろん、サギもそれだけならわざわざワシのいるところに来る必然性はありません。リスクはあっても何かしら得になることがあるから一緒にいるわけです。ではワシと一緒にいて得することとはいったい何でしょう? それは危険な放浪ワシからヒナを守れることです。コロニーに同居するワシは放浪ワシがテリトリーに侵入してくると必ず追い払います。同居ワシにサギを守ろう守りたいという意識はまず無いと思いますが、結果的にサギたちの保護者になっているわけです。馴染みの悪魔によるこの保護効果の効き目は抜群のようで、Jonesさんたちの調査でもワシと同居しているサギたちはそうでないサギたちにくらべより多くのヒナを育てられるという結果が出ています。
とはいえ、当然ながら同居ワシによる捕食リスクもゼロではありません。サギたちがワシと同居するメリットを得ようとすれば、その犠牲を相殺しても有り余るほどの保護効果がなければなりません。サギたちは捕食リスクと保護効果の両方を天秤にかけ、ワシと一緒にいることの損得を判断しなければならないわけです。それを判断する際にキーとなるのがコロニーの大きさです。サギたちと同居できるワシは必ずひとつがいなので、コロニーで犠牲になるヒナ数の上限は自ずから決まってきます。つまり、小さなコロニーでも大きなコロニーでもコロニー全体で捕食されるヒナ数にそんなに差はないのです。もし少数のつがいだけでワシと同居しようとすれば大変なことになるのは目に見えています。同居ワシに放浪ワシをいくら追い払ってもらっても、自分のヒナが同居ワシに食べられる確率が無視できないほど高くなってしまうからです。要するに、コロニーが小さすぎてはこの同居戦略は意味をなしません。サギがワシと一緒のほうが良いと思えるのは、一定サイズ以上のコロニーのみということですね。Jonesさんたちは観察データを分析し、この境界となるサイズを39〜58巣と見積もりました。これ以下のサイズでは割に合わないということです。そして実際、バンクーバー周辺でのワシと同居タイプのコロニーサイズは皆この数値より十分に大きかったのです。
どんな状況にも自らの才覚で適応してしまうオオアオサギ、恐るべしですね。だからこそ太古の昔から生き延びてこられたのでしょう。ところで、冒頭で触れたアオサギとオジロワシ、こちらの関係はどうでしょうか。じつは北海道でもアオサギとオジロの同居事例がオホーツクのほうでもう何十年も前から確認されているのです。さすがに同じ営巣木ではありませんが、コロニーの端からワシの巣まではわずか数十メートル。馴染みの悪魔はほんの目と鼻の先。そして案に違わずアオサギのヒナはしばしば食べられています。このコロニーは途方もなく大きく、だからこそ犠牲があってもワシとの関係が維持されているのでしょう。このように条件さえ整えば、バンクーバーで見られた状況は北海道でも十分起こりうるのです。今後、道内のオジロがどんどん増えるようなことがあれば、バンクーバーのオオアオサギのようにアオサギにも戦略の練り直しが必要になってくるかもしれません。さて、どうなりますやら。
それでは皆さん、よいお年を。