アオサギを議論するページ

冬ねぐら

写真は今日、つまり2月最後の日に撮った江別のアオサギ冬ねぐらです。アオサギはというと、1羽もいませんでした。ひと昔前には20羽も30羽もいて、冬じゅう彼らの姿が絶えることはなかったのに、あれはもう過去の記憶でしかないようです。どういうわけか、ここ数年、ここで越冬するアオサギは少しずつ減っていました。そしてとうとう…。もちろん、この時間帯にたまたま餌場に出かけていていなかっただけかもしれません。けれども、漸減してきたここ最近の傾向を考えると、彼らが今なおここに留まっている可能性は限りなく小さそうです。この場所は冬ねぐらとしての役割を静かに終えようとしているのでしょう。国内最北の冬ねぐらのひとつだったのですが、なんとも残念です。

ところで、越冬地がなくなるということは、それまでそこで越冬していたサギたちが別の場所へ移るということ。近くにもっと良い越冬場所を見つけて移る場合もあるでしょうし、こんな雪国もうやめたといって他の仲間と南の地方に渡っていく場合もあるでしょう。ともあれ、これまでとは違った新しい環境で新しい生活が始まるわけです。

私たちがふつう鳥に対してもっている認識というのは、1年をワンセットとして、その同じパターンが毎年繰り返されるというものだと思います。土地Aで子育てしたアオサギは、冬になると土地Bに渡り、翌春再び土地Aに帰ってくる、そして死ぬまでそれを繰り返す、そんなイメージではないでしょうか。もちろん年中同じところにいるサギたちもいますが、彼らの場合も毎年同じ1年が繰り返されるという点では同じです。けれども、実際はそんなに単純なものではないと思うのです。たぶん、彼らの生涯は私たちが想像する以上にバラエティに富んでいます。数年で死んでしまう小鳥類だとあれこれやっている暇もないでしょうけど、ときには20年も30年も生きるアオサギです。その長い生涯のうちに、営巣地、越冬地を何度か変えていても不思議ではありません。

変える理由は、場所で餌が獲れなくなったとか捕食者が増えたなどの外的要因かもしれないですし、アオサギ自身の体調や年齢からくる内的要因かもしれません。いずれにしても、彼らの生涯はどの1年も同じといった、おたや飴のようなものでないと思います。たとえば若いときと歳をとってからで変わったり…。まあ、鳥の場合は人間と違って歳の差が人間のように顕著には出ないのだろうと思いますが、まったく無視できるものでもないかと。「若い頃は雪国で越冬するくらい何でもなかったんじゃが、この年になったらやっぱり冬は暖かい所が一番じゃのぉ。」とか、今頃ひょっとすると年老いたアオサギたちが南国の水辺で語り合っているかもしれません。

サギとワシの奇妙な関係

サギとワシと言えば、日本ではアオサギとオジロワシ。この2種、どちらも主な餌が魚で同じようなところに住んでいるので子育てシーズンにはよく揉め事が起こります。端的に言うと、オジロがアオサギのヒナを食べてしまうのですね。北海道ではそれが原因でアオサギがコロニーを放棄するというケースがときどき見られます。

同じようなことが太平洋の対岸でも起こっています。ところはカナダ、バンクーバー。あちらですから、サギはオオアオサギ、ワシはハクトウワシです。ただ、両者の関係はこちらとは少し違っているようです。

バンクーバーやシアトル周辺は海岸線が入り組んでいて深い入り江の多いところです。そのため、魚食性の鳥たちにとってはかなり住みやすい環境のようで、以前から何千羽というオオアオサギが数十のコロニーに分かれて住んでいました。一方のオジロワシはというと、一時期かなり減っていたようです。というのも、農薬に使われていたPCBがワシの卵の殻を薄くしてしまい、卵が割れ、ヒナが育たなかったのです。その後、PCBが禁止されてワシが少しずつ増えはじめたのが70年代。前述のとおり豊かな餌場があるものですからその後もどんどん増え、90年代にはワシに開拓されていない良い餌場はほとんどなくなってしまいました。

そうなると、良い餌場を確保できず十分に魚が獲れないワシたちはオオアオサギのヒナに目をつけるようになります。サギはたまらずコロニーを放棄。最初のうち、サギたちは分散して小さなコロニーをつくっていたそうです。状況の変化についていけず、どうしたら良いのか分からなかったのでしょうね。とりあえずやばい奴から距離を置いたという感じでしょうか。しかし、サギたちは間もなく次の行動に移りました。なんとワシの巣の近くに敢えてコロニーをつくるようになったのです。極端な場合、サギとワシが同じ木で営巣することもありました。

Nesting with the Devil from Stephen Matter on Vimeo.

これはいったいどういうわけなのでしょう? 添付したビデオにはその理由が簡潔にまとめられています。ビデオで解説しているのはButlerさんとVenneslandさん。お二人とも同地域のオオアオサギを長年、熱心に追いかけている研究者です。ビデオのタイトルは “Nesting with the Devil”。つまり、オオアオサギが悪魔と一緒に営巣しているという意味です。その真意についてはこの動画の最後でButlerさんが語っています。「見知らぬ悪魔よりは馴染みの悪魔のほうが良い」と。

もう少し具体的に説明すると、この場合の「見知らぬ悪魔」というのは自分のテリトリーをもたず、餌を求めてうろついているハクトウワシを指しています。こうしたワシは魚が十分に獲れないわけですからサギにとってはいつヒナが狙われるかもしれず危険な存在です。一方の「馴染みの悪魔」は巣を構えテリトリーを守っているハクトウワシです。彼らは放浪ワシに比べればとりあえず満ち足りた生活を送っています。サギがどちらかを選ばなければならないとしたら、まず間違いなく後者でしょう。

ここでひとつ予備知識として知っておかなければならないのは、オオアオサギとハクトウワシの間に圧倒的な力の差はないということです。こちらの写真Owen Deutsch Photographyより)を見ていただくと分かりやすいのですが、両者が翼を広げると大きさにそれほどの差は感じません。実際、ふつうワシがサギの成鳥を襲うことはありません(リンク先のオオアオサギは追いかけられていますが、ワシが積極的に襲ったのではなく、ワシの巣に近づきすぎて追い払われたようです)し、後述しますがヒナを襲った場合でもたいてい親鳥の反撃に遭います。この辺の詳細については Jones et al. 2013 の論文に説明があるので興味のある方はぜひ原典に当たってみてください。

さて、Jonesさんたちによると、サギのコロニーを130時間観察したところ、同居ワシによるヒナ捕食の試みが8回確認されたそうです。けれどもこのうち7回は親鳥がワシを蹴ったり突っついたりして反撃しています。さらに一度などワシを地上まで追い落としたといいますから形だけの威嚇ではありません。結果的に8回のうち4回は親鳥がワシを撃退しているのです。つまり、サギはワシに襲われても一方的にやられるばかりではないということですね。こんな相手ですからワシも安易には襲えません。ましてテリトリーをもっているワシは基本的に餌は足りています。なにも危険を冒してまでサギを相手にする必要はないのです。

もちろん、サギもそれだけならわざわざワシのいるところに来る必然性はありません。リスクはあっても何かしら得になることがあるから一緒にいるわけです。ではワシと一緒にいて得することとはいったい何でしょう? それは危険な放浪ワシからヒナを守れることです。コロニーに同居するワシは放浪ワシがテリトリーに侵入してくると必ず追い払います。同居ワシにサギを守ろう守りたいという意識はまず無いと思いますが、結果的にサギたちの保護者になっているわけです。馴染みの悪魔によるこの保護効果の効き目は抜群のようで、Jonesさんたちの調査でもワシと同居しているサギたちはそうでないサギたちにくらべより多くのヒナを育てられるという結果が出ています。

とはいえ、当然ながら同居ワシによる捕食リスクもゼロではありません。サギたちがワシと同居するメリットを得ようとすれば、その犠牲を相殺しても有り余るほどの保護効果がなければなりません。サギたちは捕食リスクと保護効果の両方を天秤にかけ、ワシと一緒にいることの損得を判断しなければならないわけです。それを判断する際にキーとなるのがコロニーの大きさです。サギたちと同居できるワシは必ずひとつがいなので、コロニーで犠牲になるヒナ数の上限は自ずから決まってきます。つまり、小さなコロニーでも大きなコロニーでもコロニー全体で捕食されるヒナ数にそんなに差はないのです。もし少数のつがいだけでワシと同居しようとすれば大変なことになるのは目に見えています。同居ワシに放浪ワシをいくら追い払ってもらっても、自分のヒナが同居ワシに食べられる確率が無視できないほど高くなってしまうからです。要するに、コロニーが小さすぎてはこの同居戦略は意味をなしません。サギがワシと一緒のほうが良いと思えるのは、一定サイズ以上のコロニーのみということですね。Jonesさんたちは観察データを分析し、この境界となるサイズを39〜58巣と見積もりました。これ以下のサイズでは割に合わないということです。そして実際、バンクーバー周辺でのワシと同居タイプのコロニーサイズは皆この数値より十分に大きかったのです。

どんな状況にも自らの才覚で適応してしまうオオアオサギ、恐るべしですね。だからこそ太古の昔から生き延びてこられたのでしょう。ところで、冒頭で触れたアオサギとオジロワシ、こちらの関係はどうでしょうか。じつは北海道でもアオサギとオジロの同居事例がオホーツクのほうでもう何十年も前から確認されているのです。さすがに同じ営巣木ではありませんが、コロニーの端からワシの巣まではわずか数十メートル。馴染みの悪魔はほんの目と鼻の先。そして案に違わずアオサギのヒナはしばしば食べられています。このコロニーは途方もなく大きく、だからこそ犠牲があってもワシとの関係が維持されているのでしょう。このように条件さえ整えば、バンクーバーで見られた状況は北海道でも十分起こりうるのです。今後、道内のオジロがどんどん増えるようなことがあれば、バンクーバーのオオアオサギのようにアオサギにも戦略の練り直しが必要になってくるかもしれません。さて、どうなりますやら。

それでは皆さん、よいお年を。

島のコロニー

sabaru去年、今年と、道南にある島のコロニー(江差沖シタン島)を見て以来、その異常な光景が頭から離れなくなっています。じつは島でアオサギが営巣すること自体は特別珍しいわけではありません。たとえば国内で言うと三重の佐波留島(地図)のアオサギコロニーは昔から有名でした。残念ながら現在は同島では営巣していないようですが、半世紀ほど前には三百数十つがいのアオサギが巣をつくっていたそうです(出典)。そのため島の所在地である尾鷲市は今でもアオサギを市の鳥に指定しています。ただ、佐波留島の場合は普通に木の生えている島で、尾鷲の町までも近く、島であることを除けば一般的なアオサギのコロニーとたいして変わりません。

私が道南の2ヶ所のコロニーを見て驚いたのはわざわざ島に営巣しているということもありますが、彼らが樹上でなく地面に直接巣をつくっているということでした。サギたちは木もないような辺鄙な島に行ってわざわざ営巣しているわけです。私はそれまでアオサギの巣といえば樹上にあるのを当然と思っていましたからこれは衝撃でした。それ以来、他にも似たような環境のコロニーはないかとあれこれ探しています。今回はそんな島のコロニーの中から2ヶ所をピックアップしてみたいと思います。

mauritaniaまずひとつ目はモーリタニアの大西洋岸にあるコロニーです。ご覧のようにのっぺらぼうの島で一本の木も生えていません(地図)。大きさは南北の長辺が1キロに満たないくらい。大陸からは7、8キロ離れています。大陸のほうではダメなのかと地図を見るとそちらは一面砂漠なんですね。これは厳しい。よくまあこんな所を選んだものです。他の土地に興味をもっても良いように思いますが、ここのサギたちはじつはここしか知りません。渡りをせず昔からずっとここに留まり続けているのです。そのせいで彼らは亜種のレベルで分化しています。私たちが日本で見かけるアオサギに比べると色がかなり薄いようです。この写真は幼鳥のようですが、光の加減ではなく明らかに白っぽいですね。

ddあとここのアオサギが変わっているのは彼らのつくる巣です。なにしろ本来巣材になるべき木枝が集めようにもどこにもないのです。私が観察した江差沖コロニーにも木はありませんでしたが、それでも数百メートル飛べば樹林があり、手間はかかるものの巣材は一応確保できる環境でした。モーリタニアの場合、はるばる数キロ飛んでもそこは砂漠です。ではどうするのでしょう? 答えは木枝の代わりにペリカンの骨を使うのです。さすがアオサギですね。(写真:Heron Conservation(J.A.Kushlan and H.Hafner 編著)より)

primoryeさて、次に紹介するのはロシアと北朝鮮の国境近くにあるフルグレン島のコロニー(地図)です。ここはモーリタニアの島より少し大きく長辺が3キロ近くあります。ただ樹林がないのは同じです。このコロニーについては現在どうなっているのかよく分からないのですが、かつてはかなり熱心に調べられていました。たとえばこの論文には同島でのアオサギの営巣状況がかなり克明に記録されています。そして地上営巣ならではというべき驚くべき観察事例がいくつも挙げられているのです。

ひとつは兄弟間の死に至る争い。これはかなり多いようで、別の論文によるとこの島のヒナの死亡要因の88%を占めるそうです。兄弟喧嘩はアオサギでは普通に見られ、それが原因で死ぬことも稀ではありませんが、88%という数値は度を超しています。この論文ではさらにカニバリズムの観察事例も報告されています。大きなヒナが余所の巣の小さなヒナを食べてしまうのです。恐るべき過酷さに満ちた幼年時代です。また、ヒナへの給餌時には余所の巣のヒナが餌泥棒に来ることがありますが、この島ではその巣のヒナも入れてなんと15羽のヒナが集まったといいます。ことほど左様に何もかも尋常ではありません。結果的にこの島ではヒナの巣立ち率がとても悪く、1巣あたり1.23羽しか巣立たなかったそうです。北海道では平均3羽ていどのヒナが巣立っていることを考えると、これもかなり極端に低い値と言わざるを得ません。

地上営巣というのは隣り合った巣どうしの境目が曖昧になることでもあります。樹上にかけられた場合のように巣と巣の間に物理的な断絶があるわけではなく、隣の巣とは文字どおり地続きになるわけです。親がいれば縄張りがありますから巣としての独立性は保たれますが、親が巣を離れるようになるとヒナは辺りを自由に歩き回り、そこはもうたちどころに無法地帯に変わります。こうなると樹上営巣では起こりえない特殊な状況が起きてしまいます。論文で挙げられている異常行動は必ずしも地上で営巣していることが原因ではなく、たまたま極度の餌不足のような非常事態に見舞われただけかもしれません。ただ、地上営巣はこうした異常な状況を助長することはあっても緩和することにはならないと思うのです。

論文には岩棚で営巣している写真が載っていますが、私が観察した道南の江差沖コロニーもこれと同じでした。江差でもあるいは同じような状況が起きているのかもしれません。島のアオサギについてはもっともっと研究する必要がありそうです。

7月下旬のミステリー

コロニーの周りをトンボが飛びはじめ、アオサギの営巣シーズンも残り僅かとなってきました。私がよく観察している江別のコロニーでは、現在、巣からまだ離れられない幼鳥は13羽。巣の数にすると8巣です。今年はたしか190近くの巣がつくられたはずなので、単純に計算して全体の5%弱が今も残っているということになります。いることはいるのですが、ここまで少なくなると、一見しただけではもう誰もいないのかと勘違いするくらいひっそり閑としています。しかし、ほんとうに誰もいなくなるまでにはまだしばらくの時間が必要です。アオサギの子育てシーズンは終盤になってからがけっこう長いのです。

ところで、この時期、幼鳥はすべて巣立ち間近かかというと全然そうではありません。もちろん間もなく巣立ちそうなのもいますが、まだ巣の中でジャンプするのがやっとという幼鳥もいます。さらには生まれて1、2週という小さなヒナまでいるのです。彼らが生まれたのは7月に入ってから。それぞれの巣でばらつきがあるとはいえ、ヒナ誕生のピークは例年ゴールデンウィーク辺りですから、7月というのはいくらなんでも遅すぎます。実際、このように遅く生まれたヒナは、残念ながら巣立つ可能性はほとんどありません。以前、このコロニーで7月初旬に生まれて巣立ちに成功した4羽兄弟がいましたが、私が観察している範囲では彼らより遅く生まれて巣立ちまで生き延びたヒナは皆無なのです。

つまり、7月も終わりそうになってまだ白い綿毛の目立つ小さなヒナはまず生き延びる見込みはないということです。今年もそうでした。結局、7月半ばからこれまでの間にそのようなヒナは次々といなくなりました。どのようにいなくなったのかは分かりません。こんな小さくて次回まで大丈夫かなと心配しつつ数日後に行ってみると、案の定、巣が空っぽになっているのです。

こうしたことは毎年この時期になるとたびたび起こります。理由はよく分かりません。時期が遅くなると魚などの餌がとれなくなり子育てをする余裕がなくなるのかもしれませんし、コロニーから周りのサギたちがいなくなって親鳥が不安になるのかもしれません。いずれにしても、皆が皆、カラスなどの外敵に襲われるというのは考えにくいので、おそらくは何らかの理由で親鳥が自発的に子育てを諦めているのだと思います。

ただ不思議なことに、抱卵の途中でやめることはあまりないのですね。どういうわけかヒナが生まれるまでは頑張って抱卵をつづけ、そしてヒナが生まれてほどなく止めてしまうのです。親鳥も何らかののっぴきならない状況があってのことだとは思うのですが、どうせ無理なのならなぜせめて卵の段階でやめないのかと、7月になって生まれてくるヒナを見るたびにそう思います。

そんなわけで、冒頭で触れた13羽の中にはもう小さなヒナはいません。皆もう十分に大きな幼鳥たちばかりです。このうちもっとも小さい幼鳥が6週目くらい。今このぐらいまで育っていればよほどのことがない限り無事巣立ちを迎えられるでしょう。あと3、4週。8月下旬にはこのコロニーもすっかり静かになるはずです。

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