巣立ちヒナ数
- 2014年06月30日
- 生態
早いもので、アオサギの子育てシーズンも終わりに近づいてきました。札幌近郊のコロニーではヒナが飛びはじめ、空っぽになる巣もそろそろ見られはじめています。ただ、もう終わりかと思っても、ここからがじつは長いのです。早くから巣作りを始めて何もかも順調であれば、このまますんなりヒナが巣立ちしてそれで終わりです。けれども、渡りがひと月以上遅れるのもいますし、たとえ早く始めたとしても途中で失敗すればまた最初からやり直しです。そんなこんなで、最後の一羽が巣立つのはあとひと月半ばかり先になります。もっとも、それはここ札幌辺りでの話。地域によってはもっとかかる場合もあるようです。東京のほうでは1シーズンに2度子育てすることもあるそうで、9月になってもまだ終わらないのだとか。
ところで、先日、とある新聞にアオサギは繁殖力が旺盛だとのコメントが掲載されていました。たしかに何百という集団でコロニーをつくり、あちこちに大きなヒナがいるのを見ればそういう印象を受けるのも分かります。けれども、実際のところアオサギはそんなネズミ算式に増えるような繁殖力はもっていません。けっこうギリギリのところでなんとかバランスをとっているのが実情です。今回はちょうど巣立ちシーズンでもあるので、巣立ちヒナ数を手がかりにその辺のことを少し考えてみたいと思います。
たとえば、今年、私が観察していた江別コロニーでは、1つがい当たり約2.2羽のヒナが巣立っています。ただ、これは現在までの状況で、このあと巣立つはずのヒナ数は含めていません。一般に遅く繁殖を開始したつがいのヒナ数は減る傾向にありますし、途中で失敗する割合も多くなります。そのことを考慮すると、繁殖期全体の巣立ちヒナ数はこの2.2羽という数値より多少低くなるはずです。例年どおりだと、たぶん2羽台は維持できないのではないかと思います。コロニーを見ると、大きなヒナが3羽、4羽いるところが目立つものですから、どの巣にもたくさんヒナがいるように思えますが、一方で完全に失敗して1羽も育てられないところも2割前後あって、それらの巣も含めて計算すると見た目よりかなり少なくなってしまうのです。見えるものだけ見ても真実は分からないということですね。
さて、この2羽弱の巣立ちヒナ数、これは果たして多いのでしょうか、少ないのでしょうか? ここではその判断基準として、現状の個体数を維持するのに最低限必要な巣立ちヒナ数は何羽なのかという視点で考えてみたいと思います。個体数が増えも減りもしないちょうどバランスのとれるヒナ数を設定し、それを実際の巣立ちヒナ数が上回れば個体群の規模は拡大する可能性があり、下回れば徐々に縮小していく恐れがあると考えるわけです。この値は齢ごとの死亡率を変数にしてシミュレートできます。アオサギの死亡率は思いのほか高く、とくに幼鳥1年目の死亡率は6、7割に達するとされています。3羽巣立っても翌春まで生き延びるのは1羽しかいないのです。一方、成鳥になると生き延びる確率はぐんと増えます。長生きするほど生きるためのスキルが磨かれ死亡率も減っていくわけです。そのようなことで、齢によって異なる死亡率を変数にあれこれ計算した結果、個体数の現状維持に最低限必要なヒナ数は1.84羽になりました。アオサギの死亡率についてはごく限られたデータしか参照にしていませんし、地域差も考慮しなければなりませんが、ともかく一応の目安にはなるでしょう。ちなみに、アメリカのオオアオサギでも1.9羽とこれに近い値が報告されています。
こうしてみると、2羽を切るような巣立ちヒナ数は決して多いわけではなく、ややもすれば現状維持できるラインを下回るレベルにあるといえます。繁殖値としての条件が良好であれば、巣立ちヒナ数が1.84羽を下回ることはないと思いますが、餌資源量が不安定だったり営巣環境に不安定要素があったりすると、この値を大幅に下回る場合も出てきます。たとえば、以前、私が観察していた道東の標津コロニーは4年間調べていて巣立ちヒナ数が1.84羽を上回った年は1度しかありませんでした。信じられないことに、0.32羽という記録的にひどい年もあったのです。その年、1羽も巣立たせることができなかったペアは全体の8割にも達していました。
そんなわけで、アオサギを指して繁殖力旺盛だというのは甚だしい勘違いです。年に一度、十分経験のある親鳥が運に恵まれてようやく2、3羽のヒナを育てられる、そんな世界です。彼らの子育ての様子を見ていると、繁殖力旺盛だなどとは気の毒でとても言えません。もっとも、最初に紹介した1シーズンに2度も子育てするという東京のアオサギ、彼らはちょっと別格かもしれませんが。