アオサギを議論するページ

巣立ってからが大変!

前回の投稿で、今年巣立った幼鳥はこの時期にはすでに多くが死んでいるはずと書きました。2割か3割はもうこの世にはいないだろう、と。それは幼鳥たちの餌捕りの下手さ加減を見れば容易に想像できます。けれども、これはただの推測ではなく、その根拠になるようなデータがずいぶん昔に報告されているのです。その報告というのは、オーエンという人が1959年に発表したオオアオサギの死亡率に関する論文。オオアオサギですからアオサギについてもほぼ同じと考えて差し支えないでしょう。

生存率、死亡率といったこの種の調査は、人の国勢調査と同じで、まず個々の鳥を識別しないことには始まりません。どのように識別するかというと、鳥では脚輪を付けるというのが一般的です。ただ、サギのように警戒心の強い鳥は簡単には捕まりません。そこで、巣にいるヒナを捕まえることになるのですが、樹上高いところに巣をつくる鳥なので作業はとても厄介です。その上、コロニーで捕獲するとなると、よほど注意してタイミングを選ばないと、ヒナが捕食者に襲われるなど彼らの営巣活動に多大な悪影響を与えかねません。そんなことで、私はコロニーでの捕獲は行ったことがありません。ところが、海外では昔からけっこう大胆にコロニー内での捕獲が行われているようなのです。そして、相当数のアオサギやオオアオサギのヒナに脚輪が付けられています。写真は前述のオーエンさんがオオアオサギの巣に登って調査しているところ(D.F.オーエン著、1977年、「生態学とは何か」より)。これはヒナに脚輪を付けるためではなく、おそらく別の調査時の写真だと思われます。それにしても、かなり大きな巣ですね。

話が少し脱線してしまいました。元に戻って死亡率についてです。左のグラフ(上記「生態学とは何か」より、一部改変)は先ほどのオーエンさんがまとめたもので、アメリカ全土で回収されたオオアオサギの1年目幼鳥の死体数を月別に表したものです。オオアオサギの巣立ち時期は個体によって多少ずれますが、大ざっぱにグラフの左端の7月にほとんどのヒナが巣立っているとみなして問題ないと思います。御覧のように死亡数が多いのは巣立ち直後で、その後、徐々に少なくなっていきます。7月の死亡数がそれ以降の数ヶ月にくらべて少ないのは、まだ巣立っていないヒナがいるということと、巣立ち直後で体に多少の蓄えがあり、少々食べなくてもすぐには餓死しないということでしょう。

ともかく、幼鳥にとっては巣立ち直後が最大の山場。別の研究者の報告では、コロニーを出て55日以内に40-70%の幼鳥が死亡するという見積りもあるくらいです。けれども、その時期をなんとか食いつなぐことができれば、翌春を迎える頃には餓死する可能性はぐんと減ります。冬は餌条件が厳しく死亡率も当然高くなるだろうと私は考えていたのですが、そういうわけでもないようです。冬よりも巣立ち直後のほうが圧倒的に死亡数が多いところをみると、餌が得られにくい状況よりも餌獲りの技量が劣ることのほうがよほど致命的ということですね。

こうして、たった1年のうちにかなりの幼鳥が死んでしまいます。オーエンさんはその死亡率を71.1%と見積もっています。これはアオサギの場合でもだいたい似たようなもので、いくつかの研究報告のうち、低いものでも55.8%、高いものでは78%というのもあります。せっかく巣立っても、1年以内に8割近くが死んでしまうのではやりきれませんね。兄弟間のあの熾烈な餌争奪戦を生き抜くだけでも大変なのに、ようやく巣立つことができたと思ったら、その時点で、一年後に生きている確率は20%と宣告されるのですから。

けれども、その一年を無事に切り抜けることができれば2年目の死亡率はぐんと下がります。そして、3年目以降はだいたい20〜30%ていどで推移するようです。それでもやはりかなり高い死亡率です。ちなみに、死亡率20%というと、たとえば日本人の男性では93歳頃の死亡率と同じです。アオサギやオオアオサギに関する死亡率は複数の研究で調べられていて、だいたい同じような推定値が出ています。それらの結果をもとに平均的な値をとって生存率を計算すると、100羽のヒナが巣立ったとして、10年後まで生きられるのは1羽か2羽というところ。ただし、中にはその後さらに10年、もしかすると20年と生きるサギもいるのですから、決して短命なわけではありません。彼らの大多数は一年未満、そうでなくてもほんの数年の命しかありません。しかし、その一方でごく少数のサギたちは何十年も生きることができるのです。何とも不思議な世界です。

巣立ちヒナ数

残暑お見舞い申し上げます。まだまだ暑さ厳しいことと思いますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか? ここ北海道は昨日あたりから朝晩がめっきり涼しくなりました。そろそろ秋の出番ですね。今年は夏が暑かったせいか、アオサギの繁殖シーズンがもうずいぶん前の事のように思われます。けれども、ついひと月ほど前まではまだコロニーでわいわいやっていたのですね。あのころ巣立っていった幼鳥は今頃どうしているでしょうか。

そんな当時のヒナたちが何羽ぐらい巣立ったのかというのを、先日、少しだけご紹介しました。場所は札幌近郊の江別コロニーで、1巣あたり2.8羽のヒナが巣立ったというものでした。今度は少し離れて旭川の嵐山コロニーです。結果から言うと、ここの巣立ちヒナ数も江別とまったく同じで2.8羽でした。環境もかなり違う両コロニーなのでもっと差が出るかと思っていたのですがこれは意外でした。同じ北海道でも、年によっては2羽が精いっぱいで3羽兄弟は皆無といった気の毒なコロニーがあったり、かと思えば、平均3.5羽ものヒナを巣立たせるとんでもなく繁殖力旺盛なコロニーもあったりします。そんな中で、この2.8羽というのはじつは北海道では平均的な数値なのです。

その嵐山コロニーの巣立ちヒナ数の内訳ですが、4羽兄弟が6巣、3羽が33巣、2羽が9巣、そしてひとりっ子が5巣でした。3羽兄弟が主流です。残念ながら、ここも江別と同じく5羽巣立たせたところはありませんでした。5羽のヒナを育てるというのはそうとう難しいことなのでしょうね。一方、途中で営巣を止め、ヒナが1羽も巣立たなかった巣もあります。嵐山の場合、観察できた59巣中、1割強の6巣が途中で失敗しています。じつは先ほどの2.8羽という平均値はこれら失敗した巣を勘定に入れてない値で、失敗巣を含めると2.5羽に下がります。江別のほうはまだ計算していませんが、おそらく同じような値になると思います。

ところで、この全体の1割という営巣放棄の割合はそれほど多いものではありません。ひどいところでは、これも道内ですが、放棄率がじつに8割を超えたこともあります。そういえば、先日、紹介した北米のオオアオサギの例では、巣立ちヒナ数が0.5羽(もちろん放棄した巣も入れて)ということでした。そういうのを思えば、1割ていどの放棄率で2.5羽ものヒナを巣立たせているコロニーというのはかなり恵まれた環境にあると言えるかもしれません。

数字ばかり書いてきたので最後に写真を一枚。右の写真は今回5羽いたひとりっ子のうちの1羽です。一人っきりで手持ちぶさたなのでちょっと口を開けてみたというところでしょうか。見たところ欠伸しているわけではなさそうですね。一見、まだ幼そうですが、これでもすでに巣を離れて外を歩き回っています。巣を離れはしたものの飛び回るにはまだ少し早いかなという段階です。じつはここの巣は初め4個の卵がありました。それがなぜか他の3卵は孵らず、このヒナだけが孵ったのです。だからこのヒナは最初からひとりっ子です。どことなくおっとりしていて物静かなのは、兄弟と争う機会が無かったからでしょうか。アオサギの兄弟間の争いの壮絶さは人間の世界の比ではないですからね。あれを体験するのと体験しないのとではその後の性格がずいぶん変わるような気がします。まあ、それはそれとして、兄弟げんかをしたヒナもそうでないヒナも、巣立った後は皆たくましく生きてほしいものです。

オオアオサギの危機

アオサギの近縁種にオオアオサギという種がいます。外見はアオサギとほとんど変わりません。ただ、名前に「オオ」と付くだけあってアオサギよりひと回り大きめです。生息地である北米ではGreat Blue Heronと呼ばれています。一方、本家アオサギはご存知、Grey Heron。見た目が同じなのに、なぜ片方はblue(青)で片方はgrey(灰色)なのか、これは一考の余地がありそうです。

と、今回はそういう話ではなく、このオオアオサギが存亡の危機に瀕しているというお話です。オオアオサギというのは前述のとおり北米を中心に分布する種で、その個体数は10万から25万とされています。この数から見ても分かるように、種全体としてはとくに保全上の問題があるわけではありません。問題なのはこのうちの1万羽、バンクーバー、シアトル周辺の太平洋岸の一部地域にのみ生息するオオアオサです。北方で繁殖するオオアオサギは秋になれば南へ移動するのが普通です。しかし、ここのオオアオサギは周年同じ地域に定着し、また、他のオオアオサギ個体群と地域的に隔離されていることから亜種として区分されています。”Pacific Great Blue Heron”というのがこの亜種の名前です。和名にするとタイヘイヨウオオアオサギとでも言うのでしょうか。

じつはこのオオアオサギ、2年前に当サイトの「オオアオサギ」のページで紹介したことがあります。その内容はというと、巣立ちヒナ数が以前に比べて半分ほどに減少しており、コロニーも放棄されるものが目立つというものでした。そして、その危機的な状況はどうやらその後も続いているようなのです。問題はその原因。これについてはいろいろ調べてみたのですが、この件は当初から指摘されていたようにハクトウワシの捕食が相当強く影響していると見る人が多いようです。

今シーズンのはじめ、The Seattle Timesにオオアオサギに対するハクトウワシの影響を書いた記事が載りました。この記事ではワシントン州のレントン市のコロニーが取り上げられています。ここも相当な勢いで衰退しているコロニーのようで、2004年に360巣で営巣していたのが2009年には35巣から50巣ていどにまで減っています。この減少分の全てがワシのせいではないにしても、記事を読む限り、ワシによるダメージは相当なものだったことが伺われます。そして、残念なのは、ワシによるこうした被害は、このコロニーだけでなく、オオアオサギの当亜種が生息するワシントンとカナダのブリティッシュコロンビアの両州で広範囲に見られるということです。

もちろん、この地にワシが突然現れたわけではありません。サギもワシも大昔からそこに暮らしていたわけで、おそらく多かれ少なかれワシによるサギの捕食はあったと思われます。けれども、その多くは総体的に見ればバランスの取れた関係であり、片方が片方を生態系から駆逐してしまうようなものではなかったはずです。この点、オオアオサギの将来が真剣に悲観されるような現在の状況は特別です。では、最近になってワシがサギを執拗に襲いはじめたのは何故なのでしょうか?

理由のひとつとして、まず、ハクトウワシの個体数が1970年台以降、確実に増えてきたことが挙げられます。その昔、人類が化学物質の環境への影響について鈍感だったころ、ハクトウワシはDDTに汚染された餌を食べ、汚染された親鳥の産んだ卵は殻が薄くてすぐ割れていました。当然、ヒナは少数しか育ちません。1972年、この年、アメリカではDDTの使用が禁止されました。その後、ワシの個体数は急速に回復します。先の記事によると、ワシントン州のワシの個体数は1980年の時点で105羽。これが2005年には845羽になっています。まったく目を見張る増加です。一方、ワシの本来の生息場所は開発によってどんどん減少していきました。このため、もともとの生息地を追われたワシとサギは限られた環境に同所的に住まざるを得なくなり、これがワシの捕食を助長した面もあるようです。いずれにせよ、オオアオサギにしてみれば、身の回りの危険が年々増えていっている感じでしょう。

同じような状況は日本でも見られます。あちらのオオアオサギとハクトウワシの関係は、日本ではアオサギとオジロワシの関係に置き換えられます。そして、北海道の道東や道北地域では、近年、オジロワシがアオサギのコロニーを襲うところがしばしば目撃されているのです(たとえば2008年の名寄新聞の記事)。幸いなことに、北海道でのオジロワシの増加は北米のハクトウワシの増加ほど急激ではないため、アオサギへのダメージは今のところ限定的です。アオサギにしろオオアオサギにしろ環境の変化に対する順応性は非常に高い鳥ですから、状況の変化が緩やかであれば地域個体群全体としてはそれほど危機的な状況には陥らないのかもしれません。一方、オオアオサギが現在、目の当たりにしている環境の変化は、その環境適応力に優れた彼らにしても御し難いほどスピードが速いということなのでしょう。

先の記事中、サギを専門に研究してきたベネスランドさんは、現状ではひとつがい当たり平均1羽のヒナしか育てられておらず、これは個体群を維持するのにギリギリの状況だとオオアオサギの今後を憂慮しています。また、別の猛禽類の研究者は、この先数年間はサギとワシの関係は非常に際どいものになるだろうと予想しています。事態はオオアオサギにとってもハクトウワシにとってもかなり切迫したものとなっています。その現状の一端は次の資料を見てもらえれば多少イメージできるかもしれません。こちらのブログに書かれているのはバンクーバー市内の公園、こちらのビデオはビクトリア市街のやはり公園内での出来事です。御覧のようにハクトウワシがアオサギのコロニーを襲ったりヒナを連れ去ったりしています。ワシがサギを襲うという特別な事件が、この地域では人々が日常の中で普通に見かける出来事になっています。このような街中にオオアオサギがコロニーを作っているのも驚きですが、そんなところにまでハクトウワシが進出していることにもびっくりです。オオアオサギにとって、ワシのいない営巣場所を見つけるという選択肢はもはや残されていないと言っていいでしょう。何か他の手だてを考えなければなりません。ともかく、ここしばらくはオオアオサギにとって過酷な日々となりそうです。

けっこうハードな状況を書いてきたので最後は少し希望を持って終わりたいですね。ということで、鳥の賢さについての話です。カナダの科学者でルフェーブルさんという方がいます。この方が鳥のIQテストを考案したのだそうです(BBCNewsより)。それによると、アオサギ属というのは全鳥類の中でカラスやハヤブサに次いで高いIQをもっているんだとか。であれば、オオアオサギもこのぐらいの危機は乗り越えてくれるはず。彼らの手腕に期待しましょう。

子育てシーズン終了

コロニーからようやくサギの姿が無くなったと思ったらもう秋なんですね。暦の上だけの話ですけど。

3月の半ばにコロニーに飛来し、それから5ヶ月弱、終わってみるとあっという間の繁殖シーズンでした。ここ札幌近郊の江別コロニーは数日前に1、2羽が残っていたのが最後だったようです。しばらく前まで何十、何百とヒナが見られ、巣の数も盛時には150を優に超えていたはずのコロニーも、今では写真のようにただの鬱蒼とした河畔林に戻ってしまいました。祭りの後という雰囲気すらありません。

ところで、今回、コロニーの店じまいは昨年に比べると10日余りも遅くなっていたようです。今年はシーズンの始まりが例年より少し遅れたので、その分だけ終わるのも遅くなったのでしょう。ただ、時期は少し遅れ気味だったものの、子育てそのものにはそれほど影響しなかったようで、巣立っていったヒナ数はほぼ例年並のようです。大ざっぱにデータを整理してみたところ、巣立ちヒナ数の平均は2.8羽でした。

もう少し具体的な数を挙げると、巣立ち近くまでヒナの様子を追うことができた48巣のうち、約半数にあたる25巣で3羽のヒナが巣立っていました。続いて多かったのは2羽兄弟のところで17巣、残りは4羽のところで6巣でした。不思議なことにひとりっ子の巣はひとつもありませんでした。このぐらいの巣数があれば1、2巣あってもおかしくないんですけどね。逆に5羽兄弟も見かけませんでした。このコロニーはもう何年も見ているのですが、5羽育てているところはまだ一度も確認できていません。このコロニーがここに移動してくる前、野幌にあった頃は5羽兄弟も稀ではなかったのですが。5羽育てるというのは、餌場、営巣場所ともよほど恵まれていないと難しいのでしょうね。

ページの先頭に戻る