アオサギの名
アオサギの名
2010/12/06(Mon) 00:58 まつ@管理人 エロスと炎の連鎖
今回は名前の話を取り上げてみたいと思います。名前というと、少し前に鷺という漢字の由来について書いたところですが、今回は横文字の世界の話です。
ともかく、名前の由来というくらいですからギリシャ、ローマという古い時代まで遡らなければなりません。まずはギリシャ。あちらの言葉でサギはερωδιόςと書くそうです。これでは何だか分からないのでアルファベットにしてみるとerodiosとなります。じつは、この語はギリシャの愛の神であるエロス(Eros)に由来するのです。
そもそもエロスという神様はゼウスよりもさらに古く、ほとんど宇宙創世の頃から存在しています。面白いのは、彼が生まれたのが原初の卵からだとされていること。まるで鳥のような生まれ方です。さらにこの神様は翼まで持っているのですから、ほとんど鳥の化身のようなものです。これで少しはサギとの接点が見えてきました。
けれども、エロスが鳥の属性をもつことは分かっても、それがなぜサギでなければならないのかは説明できません。サギに何かエロスを連想させるものがあったのでしょうか? それはともかく、サギに付与されたエロスのイメージはその後も細々と保持されていたらしく、中世の書物の中には、性欲があまりに旺盛で疲れ果てた人々のシンボルとしてサギが描かれることもあったようです。実際のサギはそんなに色情狂のようにも見えませんけど、間違ってつくられたイメージだけが独り歩きしてしまったようですね。もっとも、このイメージはそれほど一般的なものにはならなかったようで、アオサギに限って言えば、西洋の中世では忍耐強くて思慮深いという肯定的なイメージで捉えられるのが普通です。
さて、お次はラテン語です。ラテン語は学名にそのまま使われているのでギリシャ語よりは多少馴染みがありますね。アオサギの学名はというと、Ardea cinerea。後ろのcinereaのほうは「灰色の」という意味でアオサギの羽の色をそのまま表しています。問題はArdeaのほうです。
じつは、このArdeaの語源については以前も話題にしたことがありまして、その時は、Ardua(高い)に由来するという説を紹介しました。これは7世紀前半にセビリアのイシドロという司教が著した「Etymologiae(語源)」と言う本から引用した説です。ところが、最近、これとは別の説を発見しました。その説が載っているのは比較的最近の17世紀にジョン・スワンという人の書いた「Speculum mundi(世界の概要)」という本です(写真は扉絵でしょうか?)。これによると、ardeaはardeoに関連した言葉なのだとか。ラテン語はちっとも分かりませんが、たぶんardeoの格変化したものがardeaになるような気がします。この辺、詳しい方がいらっしゃれば是非ご教授ください。
問題はこのardeoの意味です。ずばり、これは燃えるという意味なんですね。「Speculum Mundi」では、燃えることとサギの関連について、サギが怒りっぽく激情に駆られやすい生き物だからとしています。しかし、これはあまりに短絡的な説明です。サギが怒りっぽいとかいう偏見は一蹴するとして、何かもっと説得力のある説明があっても良いはずです。そこで私が取り上げたいのはあのフェニックスとアオサギとの関係です。
これまでにも何度か書いてきたように、フェニックスの元はエジプトのベヌウだとされています(詳しくは「神話の中のサギ」を御覧ください)。そして、そのベヌウの原形はとりもなおさずアオサギなのです。さらに、フェニックスと言えば火の鳥とも呼ばれますし、死期が近づくと自らの身を炎に投じて体を焼き尽くすというように、火とは切っても切れない関係にあります。もちろん、ベヌウも火とは分かちがたく結ばれています。なにしろ太陽神ラーの化身のような存在なのですから。とすれば、サギにardeaの名を与えた人が、フェニックス、ベヌウと連なる炎の系譜の先にアオサギを見ていたとしても一向に不思議はないと思うのです。
さらにもうひとつ、ここに興味深いイメージの連鎖があります。「Metamorphoses(変身物語)」は 古代ローマの詩人オビディウスが書いた本で、そこでは史実と幻想が入り乱れる不思議な物語が展開されます。この中でトロイ戦争当時にArdeaという町が陥落するくだりがあり、町が焼き尽くされ瓦礫と灰になったあと、まだ暖かい灰の中から一羽の鳥が飛び立つ場面があります。これは自分を燃やして灰の中から自らを再生するというフェニックスのイメージに他なりません。しかし、このArdeaの町から飛び立つのはフェニックスではなく一羽のアオサギなのです。火の系譜を通して、アオサギとフェニックスはイメージの中でほとんど同一視されるまでになっています。
古代エジプトからギリシャ、ローマへと数千年をかけて連綿と受け継がれてきた炎にまつわるイメージの連鎖を思うとき、アオサギがArdeaの名をもつことは何の不思議もありません。であれば、サギのラテン名Ardeaの語源はardeo(燃える)に求めるのが自然ではないかと。少なくとも、イシドロ司教のArdua(高い)説よりはよほど説得力があると思うのですが…。
2010/09/13(Mon) 19:25 まつ@管理人 鷺の漢字
サギは漢字で鷺と書きます。今はスペースキーを押せば勝手に変換されますからパソコン上では誰でも鷺の字を書けますが、何も見ずに書ける人は意外と少ないかもしれませんね。それに画数が多いので、活字だけ見れば鷲などと混同されかねません。それが原因で、たとえばハムレットの一節、「(ハムレットの狂気は北北西の風のときにかぎるのだ。)南になれば、けっこう物のけじめはつく、鷹と鷲との違いくらいはな。」などという大変な誤植が生まれたりします(詳しくは「文学の中のアオサギ」の2002/11/11の記事をご参照下さい)。
ところで、この鷺という漢字、なぜ路に鳥と書くのでしょう? 何かの本に、サギは露のように白いことから鷺という字が当てられたとありました。たしかに、鷺という字が出来た時代は、鷺と言えば通常はシラサギを指していたと考えられますから間違いとは言い切れませんが、それにしてもいかにも取ってつけたようで嘘っぽいです。そこで、「路」そのものの意味を当たってみました。白川静著「常用字解」では「路」を次のよう解説しています。
各はさい(注1)(神への祈りの文である祝詞を入れる器)を供えて祈り、神の降下を求めるのに応えて、天から神が下ることをいう。それに足を加えた路は、神の降る「みち」をいう。[説文]二下に「道なり」とある。異族の人の首を持ち、その呪力(呪いの力)で邪霊を払い清めたところを道といい、道路とは呪力によって祓い清められたみちをいう。
(注1):「さい」という字はアルファベットのUの真ん中にはみ出さないように横棒を引いた形。
まさにこれです。これなら鷺の名前の由来にぴったりです。
古来、鳥というのは神の世界(あるいは冥界)と人の世界を自由に行き来できる存在とみなされてきました。これは地域、文化の隔たりを超えてかなり普遍的に流布されているイメージです。中でもサギは各地の神話や伝説に頻繁に登場しており、神々と人々を繋ぐ鳥として非常に人気があったようです。
たとえば、古代エジプトでアオサギがモチーフとなったベヌウという聖鳥がいます。このベヌウはオシリスの心臓から生まれ出たとされており、オシリスの司る冥界と地上の世界を自由に行き交うことができました。また、ギリシャでは女神アテネが戦場にいるオデュッセウスに伝言するのにサギを遣わしています。神のお使いとしての鳥という点では共通したイメージですね。
もちろん日本も例外ではありません。日本の場合も、大昔、とある神様のお遣いとしてサギが地上に降り立っていた時代があったのです。そのことは「サギ」が「サギ」という音で呼ばれていることが何よりの証拠です。謎をかけたままで申し訳ないのですが、この話は長くなるのでまたいずれ。今回はそれよりやや時代の下った「古事記」の頃の話を紹介します。
「古事記」にはサギの登場する場面が2ヶ所あります。このうち今回の話題に関係のありそうなのは天若日子の葬儀の場面です。天若日子というのはもとは高天原にいた神様で、ある神様を連れ戻すよう天照大神の命を受けて地上に降りてきます。ところが、ミイラ捕りがミイラになって天若日子も戻ってきません。そこで、天照大神は第二弾として雉鳴女を遣わします。これが雉鳴女でなく鷺鳴女とかであればとてもきれいに話がまとまるのですが、そう上手くはいきません。さて、雉鳴女は天若日子の家の庭にある木にとまると高天原の神様たちの伝言を伝えます。ところが、愚かなことに天若日子はこの雉を矢で射貫いてしまうのですね。射られた矢は雉を貫き天上まで達し、そこにいた神様が投げ返した矢は天若日子の胸を貫いてしまいます。こうして天若日子の葬儀が行われることになったのです。この葬儀ではいろいろな鳥がそれぞれ違う役割を担って登場します。ガンは岐佐理持(きさりもち)、カワセミは御食人(みけびと)、スズメは碓女(うすめ)、キジは哭女(なきめ)という具合です。そして、サギはというと掃持という役目です。掃持とは葬儀の際に穢れを祓い、墓所の掃除のために箒を持ち従う者なのだとか。
どうやら、上手い具合に「路」の語源と繋がってくれたようです。
2007/06/10(Sun) 21:12 まつ@管理人 アオサギの語源 英語編
アオサギの英名「Grey Heron」の語源についてです。
「Grey Heron」という単語、じつはこれ、わりと最近になって使われはじめた単語なのです。最近というのがいつ頃のことなのか正確なところはよく分かりませんが、少し前までは単に「Heron」と呼んでいました。つまり、あちらでサギと言えばアオサギのことだったわけですね。この点、サギと言えばシラサギを指していた日本の事情と対照的です。それでは「Heron」という単語はいつから使っていたのかということですが、これについてはかなり正確に分かります。1768年にT.Pennantという鳥類学者が、論文にこの名前で記載したのが最初なのだそうです。同年のBritish Zoologyにそれらしい論文があります。さらにその前となると、「hern」とか「hernshaw」という名が用いられていたようです。余談ですが、後者の「hernshaw」は「ハムレット」の台詞に出てくる出てこないで議論の多い単語です。
ところで、この辺りまでは現代の「heron」とスペルがよく似ているのですが、1300年まで遡ると「hayroun」となって面影がずいぶん薄れてしまいます。それに何となく英語らしくないスペルです。それもそのはずで、もともとはノルマンフレンチ語系の言葉が起源なのだそうです。
それにしても、イギリスの単語は短い間にずいぶん変わるものですね。日本の場合、その倍くらいの年月をかけても、「アヲサギ」が「アオサギ」に変わったくらいなのですが。
2007/01/10(Wed) 20:02 まつ@管理人 ウナギサギ?
アオサギは青と鷺の合成語というのは見て分かるとおりですが、この掲示板でも何度か話題になったとおり、「青い鷺」という名付け方は世界的にみてごく少数派です。日本語以外では、中国語(蒼鷺)、ウェールズ語(Crëyr glas)、オランダ語(Blauwe reiger)、オランダ語つながりで南アフリカのアフリカーンス語(Bloureier)くらいだと思います。多いのはやはり見た目どおりの「灰色の鷺」という名付け方で、これが圧倒的多数派です。Ardea cinereaという学名からしてそうですから仕方ないのかもしれません。ほかには、カタロニア語(Bernat pescaire)やデンマーク語(Fiskehejre)のように「魚(を食べる)鷺」という命名もあります。魚が主食のアオサギですからこれも妥当な名前ですね。というわけで、思いついたらいろいろ探してみるのですが、そんなに変わったのは無いですね。
そんな中、多少なりともユニークなのはフリースランド語のIelreagerでしょうか。フリースランド語というのはオランダやドイツ、デンマークの一部地域で話されている言葉で、単語の後半のreagerがサギを表しています。独特なのはielの部分で、これは英語のeelに当たります。つまり、ウナギサギというわけですね。これは単純にウナギを食べるサギということなのかもしれませんが、そうそうウナギばっかりも食べてないでしょうし、むしろアオサギの首をウナギに見立てて名付けたような気がします。同じように首の長い「ウ」の単語にもielがついてましたから、たぶんこちらのほうが正解でしょう。
eelで思い出しましたが、アオサギは海草のアマモが繁茂するような場所を好んで餌場にしています。このアマモ、英語で書くとeelgrass。たしかに波に揺られるとウナギのようです。しかし、日本語にはもっと言い得て妙な呼び名があります。別名「りゅうぐうのおとひめのもとゆいのきりはずし(竜宮の乙姫の元結いの切り外し)」、植物名ではもっとも長い名だと言われています。長いけれども忘れがたい名です。
もしも、全ての植物、全ての鳥や動物が、こんな感じの名前をもっていたとすれば、それはそれで楽しい世界に思えてきませんか?
2007/01/19(Fri) 21:06 まつ@管理人 Re: ウナギサギ?
ちょっと付け足しです。
上で、Ardea cinereaという学名は灰色の鷺という意味だと書きました。確かにcinereaは灰色のことで、他の灰色っぽい動物や鳥にも同様にcinereaがついています。たとえばキセキレイなんかもそうですね。和名では黄色のセキレイですが、英語ではGrey Wagtailです。
で、書きたかったのはardeaのほう。これ、もともとはarduaという単語に由来するらしいです。「高い」という意味。古代の人々にとっては、サギはずいぶん高く飛ぶ印象があったのでしょう。私にはとくに高い場所を飛んでいるとは思えないのですが。ただ、場所によっては、ワシタカのように上昇気流に乗って相当な高さまで上がることがありますから、あながち間違っているとも言えません。餌場まで数十キロ離れているとか、山越えしなければならないとか、そういった場合に思いっきり高く上昇したりします。
ところで、中世になると、「高い」ことはサギの属性のひとつとして定着してしまったようです。中世ヨーロッパに、ベスティアリと呼ばれる一連の動物寓意譚(キリスト教的な教訓を動物を材料にして説いたもの)があります。この中でサギは、嵐が来そうになると雲の上に避難する、と書かれています。つまり、サギは賢い鳥だというわけですね。中世ヨーロッパでは、サギは良い意味で捉えられていたようです。
左の絵は、その話が載っているアバディーン・ベスティアリ(13世紀)のサギの挿絵。なんだかウのようにも見えますが、一応サギのつもりです。
2005/10/10(Mon) 21:11 まつ@管理人 青色サギは少数派?
海外ではアオサギは何と呼ばれているのでしょう。英語のGrey Heronのように灰色のサギか、日本の青鷺のように青いサギか、あるいはもっと変わった呼び名がつけられているのか、気になったので調べてみました。
アオサギの学名はArdea cinereaで灰色のサギを表しています。同じラテン語系のイタリア語は、あまり変わらずAirone Cenerinoでやはり灰色のサギ。フランス語も似たようなものです。灰色とサギを合体させた命名は、このほかにドイツ語(Graureiher)、フィンランド語(Harmaahaikara)、アイスランド語(Grahegri)、ポーランド語(Czapla siwa)など、多くの言語に見られます。ここでは文字化けするので綴りを書けませんが、ロシア語、スウェーデン語、ノルウェー語、ハンガリー語、ギリシャ語などもことごとく灰色サギです。
これはヨーロッパのほうだけかなと思ったのですが、さにあらず。アラビア語まで灰色サギでした。こうなると、インドや東南アジアのほうが気になりますが、残念ながら、この地域はヨーロッパのように調べるのが簡単ではなく…。唯一分かったインドネシア語はCangak abuと、これまた灰色サギでがっかりです。
では、青色のサギは日本だけなのかというと、そうではありません。何よりもまず同じ漢字圏に中国がいます。こちらは多少色合いが違うかもしれませんが蒼鷺。こうなると、韓国、北朝鮮でどう呼ばれているのかが気になるところですが、ハングル語はどのように調べればよいのか分からなかったのでひとまず保留です。
さて、さらに他の地域に目を移すと、意外にも灰サギで埋め尽くされたヨーロッパに青サギの国がありました。オランダです。この国の言葉はゲルマン語系なので、ドイツ語と同じ灰色サギであってもよさそうなのですが、なぜかこの国だけは青いサギ(Blauwe Reiger)なのです。オランダ人はオリエンタルなセンスを持っているのでしょうか。
ところで、ドイツでは灰色サギ(Graureiher)のほかに魚サギ(Fischreiher)と言う呼び名もあります。この呼び方はお隣のデンマーク(Fiskehejre)でも使われています。少し離れますが、カタルニア語のBernat Pescaireというのもたぶん同じだと思います。
これら以外ではスペインのGarza Realが独特です。ポルトガル語もほぼ同じで、たぶん真のサギという意味だと思います。意味はたいして面白くないけれども、単語の響きは格好いいですね。
もっととんでもない名前が出てくるかと期待したのですが、案外まともでした。ただ、ここに挙げた言語はほんの一部です。東南アジアやアフリカの現地語など調べられれば、何か変わったのが出てくるかもしれません。
この国ではこう呼ばれているというのがありましたら教えていただけると嬉しいです。
それにしても、アオサギ、ずいぶん広い地域にいるものですね。
2005/06/26(Sun) 17:19 カラス アオサギのアオを考える
アオサギを普通に青い色の鷺と理解するには違和感がありました。羽の色が薄く青みを帯びた灰色からのイメージで名が付けられたのではないかという説もピントきません。青には若いとか草木の色の意味があるそうですが、それもイメージに合いません。
アオサギは「青鷺」と書かれますが、「蒼鷺」と書かれたものも見たような気がします。アオサギ命名の由来は後者の「蒼」のように思うようになりました。
「蒼」には「うす暗いさま」の意味もあり、アオサギのたたずまいが白鷺などと異なり見る角度によっては、草木に溶け込むように薄暗くはっきり認識できない形や色合いになることで、アオサギ(蒼鷺)ではないかと思い至りました。
他の鷺の様子を知りませんが、体の形を棒のように見せる擬態も他の鷺よりも上手なのではないでしょうか。薄暗くはっきりしない蒼のイメージが、光の当たり方によっては輝く白のイメージになることも面白いアオサギです。
2005/06/29(Wed) 22:51 まつ@管理人 Re: アオサギのアオを考える
アオサギの色については誰もが疑問に思うようですね。これは色の成り立ちを知ることで謎が解けます。
古代の日本人は、色を赤、黒、白、青の四色で表現していました。これは色そのものというより色彩のカテゴリー分けのようなもので、赤と黒が明るいと暗いで一対になっており、白と青が、はっきりしたものとぼんやりしたもので対になっています。つまり、古代の青は現代の限定された青色ではなく、ずいぶん巾の広い色を指していたわけです。アオサギの灰色っぽい色ももちろん青のカテゴリーに含まれます。
こうした色の区分がいつ頃まで一般的であったのかは知りません。ただ、「青鷺」という名は少なくとも奈良時代には使われていますので、この「青」が古代の色区分の青に由来する可能性は高いと思います。サギには白いのもいますから、白鷺、青鷺と、対になる色表現で名付けられたのでしょう。
ちなみに、アオサギの中国名は「蒼鷺」です。
2005/01/07(Fri) 09:56 佐原 「笠鷺」
「笠鷺」で、最近見つけたことがあります。
神保光太郎の詩に「笠鷺と旗と」というのがあります。昭和9年の作だそうです。因みに神保光太郎には、埼玉の野田の鷺山(当時は健在だったのですね)を訪れたときの印象をもとにした、「鷺」という詩もあります。
「笠鷺と旗と」の中で、詩人は「高い建物の屋上」にある「小遊園」の中に飼われている「笠鷺」のことを詠っています。では「笠鷺」とは何か。私の眺めた本では、解説者が「からす科の鳥」と書いていますが、読んだ印象ではカササギでなく、鷺です。詩中、詩人は「枯木のやうな鳥」と表現しており、「うごかない木立」とも書いています。飼育舎では「水禽達がうたつてゐた」。また「笠鷺」の一群をかこんでペリカンやオシドリがいたりするのです。それに、もし鷺でなくカササギなら、「笠鷺」でなく「鵲」の字を使ったはずだと思います。残念ながら「笠鷺」の形態的特徴はあまり述べられていないので、あくまで推量ですし、鷺だとしてもアオサギかどうかは不明です。ただ、シラサギ類ならはっきりと「白鷺」と書いたでしょうから、そうではなかったでしょう。可能性の高いのはアオサギだと思います。
なお、さきほどの「鷺」の詩中にはアオサギは出てきません。かつては野田の鷺山にアオサギは混じっていなかったという記録と一致します。
神保光太郎は山形の出身だそうですが、あるいはまだ「笠鷺」の地方名が使われている地域があるのかなとも思いました。
2005/01/07(Fri) 20:15 まつ@管理人 源氏物語の鷺
「笠鷺」と「アオサギ」の混同、たまに出てきますが紛らわしいですね。
ただ、アオサギのことを「笠鷺」と書いたものはあっても、カササギに「笠鷺」の漢字を当てていたものは未だ見たことがありません。笠というからには何か外見で笠に見立てるものがあったのだと思いますが、カササギにはそれらしいものは見あたりません。やはりアオサギの側頭から後頭にかけての黒いラインを笠という言葉で表したのではないでしょうか。その程度の根拠しかありませんが、私も詩の中の「笠鷺」はアオサギのことだと思います。
笠鷺が出てきたついでですが、「笠鷺鉾」というはご存じでしょうか。これは京都の祇園祭で曳かれる山鉾のひとつだったようで鷺舞とも関係があります。残念ながら鉾のほうは応仁の乱以降途絶えたということですが、もともとはこの鉾の行列で舞うのが鷺舞だったといいます。
さらに、鷺舞では次のような歌が歌われます。
「橋の上に降りた、鳥は何鳥、かわささぎの、かわささぎの、やーかわささぎ……」
このような由来がある以上、「かわささぎ」というのは「笠鷺」のことだと思うのです。本来、鷺舞はシラサギではなくアオサギの装束を着て舞っていたのかもしれませんね。もしそれが本当でも、今更アオサギに変わることはないでしょうけど。
2004/04/07(Wed) 23:59 まつ@管理人 みとさぎ
アオサギの古い呼び名に「みとさぎ」というのがあります。これは少なくとも奈良時代の頃からの呼び名で、明治期まで「アオサギ」の名とともによく使われていたようです。この名の由来については以前ここでも書いたことがあるのですが、結局なんだかはっきりしないままになっていました。「みと」の意味の解釈が問題なんですね。
江戸時代にどんな鳥が生息していたかを知る資料として、享保・元文年間に編纂された「諸国産物帳」というのがあります。この中でサギに関連する名を探していたところ、「みとごゐ」、あるいは「水戸ごい」というのが出てきました。これらはおそらくゴイサギのことだと思います。この他、ゴイサギの別名としては「みとまもり」というのもありました。この呼び名、明らかに「みと」を守っている鳥のイメージです。古語辞典によると、「みと」は漢字で「水門」、すなわち川や海などの水の出入り口であると記されています。いかにもサギがよく集まりそうな場所ですね。
「みとさぎ」の「みと」もおそらく同じ由来でしょう。河口の浅瀬や干潟で採餌するアオサギを見て名付けたと解釈するのが一番自然な気がします。
2004/01/06(Tue) 14:48 中井美穂 アオサギの別名について
旺文社の古語辞典で「かさ鷺」のことを「アオサギ」というとあります。他の文献にはみあたりません。ご存知でしたらお教えください。
2004/01/07(Wed) 22:35 まつ@管理人 Re: アオサギの別名
旺文社の古語辞典は私も持ってますが、私のものでは「かささぎ」の項目に「鷺の一種。いまのあおさぎという」とあります。つまり、カササギのことをアオサギといったのではなく、アオサギのことをカササギという名で呼んだのでしょう。ただし、アオサギに対してカササギという呼び名は、地域、時代を問わずそれほど一般的な呼び名ではないようです。「図説 日本鳥名由来辞典」によると、「あをさぎ」の名が用いられ始めるのは平安時代からのようですが、それ以前は「みとさぎ」という名が普通だったようです。
では、「かささぎ」はどこで登場するのかということですが、「源氏物語」の浮橋に次のような興味深い一文があります。旺文社の古語辞典ではこの文を例にアオサギの別名としたのかもしれません。
「山の方は、霞へだてて、寒き洲崎に立てる笠鷺の姿も、所からは、いとをかしう見ゆるに…」
まさに、読みは「かささぎ」です。しかしこの情景を思い浮かべてどんな感じでしょうか? もしこれが現在言うところの「カササギ」であるならば、「いとをかしう見」える人はあまりいないのではないかと思います。この場合はやはり鷺でなくては絵になりませんね。ただ、これが何鷺かとなると確信は持てません。雰囲気としてはアオサギが最も似合いそうですが…。ちなみに、この「笠鷺」というのはアオサギの冠羽を笠に見立てた呼び名だとする説もあります。
…鳥の名の由来は難しいです。
2003/12/02(Tue) 20:53 まつ@管理人 お久しぶりです。
アオサギは日本では「アオサギ」だったり「青鷺」だったり様々に書き表されています。その中で「蒼鷺」というのもあるわけですが、この「蒼鷺」という表記は、じつは中国や台湾でも同じくアオサギを表す漢字となっています。私も「青鷺」よりは「蒼鷺」と書くほうがアオサギの容姿や雰囲気を的確に伝えているように思います。もっとも、普段は「アオサギ」で済ませていますが…。その「蒼鷺」の台湾では、アオサギは別名「君子鳥」とも呼ばれているそうです。
2002/01/09(Wed) 00:37 まつ@管理人 名の解釈
名前の由来について、榮川省造著「異説 鳥名抄」に、サギは「サ」と「ギ」の合成語だという説がのっていました。「サ」は「澤」を略した方言で、「ギ」は鳥を表す語尾だということです。この語尾については、「シギ」とか「トキ」なんかも同類のようです。つまりサギとは沢の鳥、水辺の鳥とする解釈です。
2001/11/22(Thu) 04:24 佐原 アオサギの名称
先日、管理人さんから「アオサギ」の名称についての話題提供がありました。私も関心はあるのですが、なかなか話をまとめて投稿するにまで至らず、今になってしまいました。
菅原・柿沢(編著)「図説 日本鳥名由来辞典」(1993年 柏書房)によれば、「みとさぎ」「あをさぎ」は奈良時代から両方とも用いられてきた名称のようです。明治時代まで並存し、その後アオサギに統一されたとのこと。「あを」は元来グレーの意味なので、これはいいとして、「みと」の方が問題です。寺島良安「和漢三才図会」(1713)によると、「みと」とは「これは緑の下を略した言い方である」とあります。しかし、とても緑色には見えませんね。
で、アオサギの地方名ですが、いろいろあるようですね。東北では「あまさぎ」というのがあります。本当のアマサギとはサイズも色彩も違うので、混称というよりは別の語源ではないかと想像するのですが、よく分かりません。先日、秋田県岩城町の観光スポット「天鷺村」の紹介をしましたが(ここに「天鷺まんじゅう」あり)、現地の近くに「天鷺山」(現高城山)があります。この「天鷺」はアオサギのことでしょう。面白いのは、斉藤春雄「野幌自然休養林におけるアオサギ調査報告書」(1970、71、72)によると北海道で「ヤマサギ」と言っているとのことです。(ここ、今手許に資料がなく、もし間違っていたら訂正します。)実際、北日本ではアオサギのコロニーは山地の斜面などに作られることが多いように思います。以前に秋田県男鹿半島のコロニーを訪ねたことがありますが、これは本当に山のかなり上でした。しかし、現在も本当に北海道の人たちは「ヤマサギ」と呼んでいるのでしょうか?管理人さんはじめ北海道の方たち、いかがでしょう?
2001/11/23(Fri) 18:24 まつ@管理人 Re: アオサギの名称
いつも興味深い話題提供、ありがとうございます。
確かに、「みとさぎ」という呼称はたまに目にしていましたが、どこかの地方名とばかり思っていました。あおさぎと並存して使われていたとは驚きです。ただ私も「みと」については「みどり」が転化したとの説には違和感を覚えます。緑色のサギを「あおさぎ」と称したというなら分かりますが、青色のサギを「みとさぎ」というのはちょっと無理かと。以前、どこかで美都サギあるいは御都サギと書いてあるのを見た記憶があります。京都か奈良にちなんだ逸話があるのかなと思ったのですが、どんな資料で見たのやら今ちょっと思い出せません。「みと」はその他に「河流の中央部」や「水田の水口」といった意味があるようですが、ここからの由来とするとどちらも水辺での採餌をイメージしたのでしょうか。勝手な想像ですが、水渡(みと)というのはどうでしょう。wading の意味で。あと美斗(御床)などという雅な表現もありますが、まさかこれはないでしょうね。大正十年に商務省農務局が編纂した「狩猟鳥類ノ方言」という本がありますが、「みと」を冠したアオサギの方言としては、「みと」(籾山・石見国)、「みどごい」(和歌山県下)、「みとごい」(籾山・石見国)、「みとさぎ」(兵庫県・奈良県高市郡・籾山・石見国・鹿児島県曽於郡志布志町)があります。全部西日本ですね(籾山はどこにあるのか知りません)。ところで、石見地方に美都という町を見つけました。何か関係があるのでしょうか。
次に「やまさぎ」の件です。この呼び方、私は聞いたことがありません。北海道のほとんどの地域では普通に「あおさぎ」か「さぎ」として呼ばれているようです。ただ以前にも書きましたが道東の別海町で「ごまさぎ」というのを聞いたことがあります。余談ですが、そこではトビが「バフンワシ」と呼ばれていました。トビの色が馬の糞に似ているからだそうですが、これが十勝地方では「マグソダカ」となるそうです。ここまで来るとトビもちょっと気の毒ですね。話を元に戻します。佐原さんが紹介されていた「野幌自然休養林における……」が手元にあったので見てみました。問題の部分を抜粋してみます。
「アオサギは往時より日本各地でよく知られていたのでその土地によりいろいろな俗称を持ち、40以上が採録されているが、いづれも、その形態或いは習性により名づけられていることが判る。例えば、繁殖地の森林中では夜でも奇声をあげて鳴くことが多いので「よがらす」、森林で繁殖するので「やまさぎ」と呼ばれ、その色彩から「せぐろ」「あおくび」「おおさぎ」「なべさぎ」等と名づけられている。」
北海道では、というのではなく、どうやら総論を述べているだけのようですね。先の「狩猟鳥類ノ方言」によれば、「やまさぎ」は群馬県山部地方、宮崎県西臼杵郡での採録となっています。ただ残念なのは、この本に北海道が全く登場しないことです(他の鳥の項についても同じ)。おそらく調査自体行われなかったのでしょう。
2001/11/24(Sat) 17:39 佐原 Re: アオサギの名称
「ヤマサギ」の件、やはりうろ覚えで書いてはいけませんね。管理人さん、ご指摘ありがとうございました。「みと」の考察も面白かったです。
管理人さんの書かれた中で興味深いのは、「ヨガラス」です。つまり「夜烏」ですが、私はこれを、もっぱらゴイサギの異称と思っていました。アオサギも夜間に活動しますが、ゴイサギが基本的に(繁殖期などを除いて)夜行性であるのに比べたら、「本格的な」夜行性ではないと思います。声も両種は多少似ていますが、飛翔しながら鳴くのはゴイサギの方がはるかに高頻度ですよね。アオサギは飛び立ち時には鳴きますが、飛翔中にも鳴くでしょうか?すると、「アオサギの異称としてのヨガラス」とは、どのように由来したのでしょうか、不思議です。両種とも夜間に活動することで連想するのは、どちらも江戸時代には「妖怪」扱いされたという話です。実際、江戸時代の戯作に「妖怪としてのサギ」(ゴイサギかアオサギ)はよく登場しますし、鳥山石燕の「画図百鬼夜行」(安永5年)には「アオサギの火」が、竹原春泉の「絵本百物語」(天保12年)には「ゴイの光」が出ています。きっと、夜行性の動物には何となく不気味さを感じたのでしょうね。
2001/11/26(Mon) 15:46 まつ@管理人 Re: アオサギの名称
「ヨガラス」。先に紹介した「狩猟鳥類ノ方言」では鹿児島県大島郡大和村で採録されたことになっています。あちらだと当然ゴイサギも生息しているはずですが、残念ながら大和村でゴイサギが何と呼ばれているかについては記載がありませんでした。ただ、大和村の隣の名瀬村(現在の名瀬市)ではゴイサギは「ゆうがらし」と呼ばれています。というわけで、この地域(奄美大島)では実際にアオサギが「ヨガラス」と呼ばれていた可能性が高いと思われます。けれども、やはりこれは例外的なことのようで、福島から熊本までの各地で「ヨガラス」といえばゴイサギということになっています。やはり「ヨガラス」の本家はゴイサギということですね。
ところで、アオサギが飛翔中鳴くかというご質問ですが、これはイエスです。普通は黙って飛ぶことの多いアオサギですが、声をあげて飛ぶこともしょっちゅうです。何羽かが鳴き交わしながら飛ぶこともよくあります。全く単独で上空を飛んでいる場合ですらギャッと甲高く叫んでることもあって、晴れた穏やかな日にそんな光景を見ると、ヒトが鼻歌を歌ったりするのと同じ気分なんだろうなと思ったりします。このように、飛びながら鳴くことは珍しくないアオサギですが、昼間だけでなく夜間でも鳴きながら飛んでいます。以前私の住んでいた家は、コロニーから餌場への飛行ルートのちょうど真下にあったのですが、夜寝ていてアオサギの声を何度も耳にしました。よく通るあの声は、真夜中の静寂の中では一層際だちます。ギャッという鳴き声が数秒の間隔を置いて移動していくのですが、声の軌跡が見えるようでとても印象的でした。
まあ、こう考えると「ヨガラス」という命名もあながち的外れではないですね。
さて、一段落したところでちょっと訂正があります。前回私が「みと」について書いた部分で「籾山」のありかは不明だと書いたのですが、これは分からないはずで実は採録した人の名字でした。それと、この方言調査が行われた範囲ですが、よくよく見ると北海道も含まれているようです。あんまり事例が少ないので見落としていました。たいへん失礼しました。ついでなのでこの本に収録されている一風変わったアオサギの地方名をいくつか挙げておきます。「おほさーじやー」「くるさーじ」(ともに沖縄県下)。「さーじやー」はゴイサギのことらしいので、ゴイサギの「おほ」であったり「くる」であったりするのがアオサギということなのでしょう。「はっこ」(千葉県千葉郡)。皆目見当がつきません。「いっぱいさぎ」。これはそのままですね。宮城県下、岩手県和賀郡の方言です。面白いのは、同じ「いっぱいさぎ」でも日本海側(山形県西村山郡米沢市付近、新潟県東蒲原郡)になるとゴイサギになることです。営巣地に「いっぱい」いるサギたちを見て「いっぱいさぎ」と命名したのだとすれば、同所的に営巣するこの二種の名がどこかで混同してしまうのは無理のないことかもしれません。ちなみに、ゴイサギのほうですが「わやわやどり」(長崎県日田松浦郡平戸町)というのもあります。なんだか雰囲気伝わってきますね。
最後に「画図百鬼夜行」「絵本百物語」。いつもただならぬ古書が引用されるので、想像力の幅をできるだけ広げようと努力しているのですが、今回のもまたすごいですね。いつか是非拝見してみたいものです。それにしても「アオサギの火」や「ゴイの光」が見えていた古人の感性は、たとえそれが不気味さからのものであれ、少し羨ましい気もします。
2001/08/02(Thu) 19:53 まつ@管理人 アオサギの名
多分、このサイトに来る人なら誰もが一度は思い当たったはずの疑問、アオサギは青くもないのになぜアオサギというのか?一番多いのはアオサギとカタカナで書かれているものですが、時には漢字で書かれているのもあって、そんな時は青鷺もありますが蒼鷺と書かれてるのもよく見かけます。どちらかというと蒼鷺のほうが色のイメージには近いと思います。それに光線の加減によっては灰色というにはあまりに鮮やかな蒼色に見えることもありますからね。
ところで英名は Grey Heron、灰色サギ、という何ともそのままの命名です。Grey は Gray と書く人もたまにいるようです。学名はというと、Ardea cinerea となっていて、cinerea というのがやっぱり灰色です。一見灰色、しかしこれをただの灰色と見ないところが日本人のセンスでしょうか。
さて、日本各地に生息するアオサギ、地方名も様々だと思うんですが、皆さん知っていたら教えて下さい。どこかでミトサギというのを聞いたことがあります。北海道東部では首の模様からか、ゴマサギとも呼ばれてました。