アオサギを議論するページ

鳥獣保護法の指針のパブコメ受付中

明日ははや10月なんですね。どうりでアオサギが渡るはずです。ネットを見ていると渡りの観察報告をしばしば目にするようになりました。おそらく今この瞬間にも国内のあちこちで南への移動が続いているのでしょう。8月半ばに繁殖シーズンを終えたばかりなのに、もう去らなければならないとはなんとも慌ただしいですね。

さて、このところ鳥獣管理行政のことを何度か書いてきましたが、今回もまた同じような話題になります。今回取り上げるのは改正された鳥獣保護法。これがまた激しく引っかかる部分があるのです。鳥獣保護法の改正については昨年の暮れにここでもあれこれ書いたことがあります。当時はまだ改正案がつくられる前の段階で、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化につき講ずべき措置について(答申素案)」についてのパブリックコメントが行われている最中でした。その後、同案について中央環境審議会自然環境部会というところで3回ほど審議が行われ、さらに国会での審議を経て5月21日に改正法が成立(5月30日公布)しています。これは来年の5月に施行されます。

ところで、ここで不思議なのは、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化につき講ずべき措置について(答申素案)」は「鳥獣の保護及び管理のあり方検討小委員会」とその後の自然環境部会で繰り返し審議されているのですが、改正案そのものについては何の審議もなされていないことです。改正案は自然環境部会の2回目と3回目の間につくられています。ただ、3回目の部会というのは、事務局からのこんな案になりましたという報告のみで実際の審議はありません。結局、改正案は国会での審議だけということになるわけです。もちろんパブリックコメントもありません。行政のことは何も分からないのでそれが普通だと言われればそれまでですが、どうも納得できませんね。

昨年暮れのパブコメは改正内容についての基本的な考え方が示されていただけで、法そのものを示したものではありませんでした。もちろんパブコメの意見やその後に審議された内容が忠実に改正案に反映されているのならそれで構いません。ところが実際は、最後に事務局が独自に改正案をまとめ、それまでの審議で十分に合意されていない内容が突然ぽーんと出てくるのです。なんだか狐につままれたような感じです。

ともかく、気になる方は改正された鳥獣保護法(変更箇所のみ)を一度御覧ください。いろいろおかしいところが見つかるかと思います。私がとくに問題だと思うのは以下の部分です。

第2条の3 この法律において鳥獣について「管理」とは、生物の多様性の確保、生活環境の保全又は農林水産業の健全な発展を図る観点から、その生息数を適正な水準に減少させ、又はその生息地を適正な範囲に縮小させることをいう。

これは鳥獣保護法の中での言葉の定義を述べたものです。「管理」という語がこのように勝手に定義されています。「管理」という言葉については、自然環境部会だけでなく、部会の下にある小委員会やパブコメでも何かと問題になっていましたが、議事録を見ても誰もこんなふうに定義しろとは言っていません。こんな内容が専門家の審議やパブコメを通さずに事務局の一存で法として成立してしまうとはどういうことなのでしょう? たしかに言葉の定義は必要ですが、「管理」という語はこの法律の核心となる語であり、とりあえずこんなふうに定義してみましたで済むようなものではありません。しかも、定義の内容がおかしい。この「管理」が言わんとしているのは、つまるところ駆除そのものです。駆除でない部分も若干想定できるから敢えて捕獲や駆除などの表現を避けたのかもしれませんが、本来の管理という語と違う用い方をしているために混乱を招くもとになっています。ちなみに、この定義の直前には「保護」の語が定義されています。その定義は「管理」のちょうど逆で、「生息数を適正な水準に増加させ、若しくはその生息地を適正な範囲に拡大させ」るというものです。本来、駆除にしろ保護にしろ、鳥獣を管理するためのアプローチのはず。どちらも管理なのです。ところが、駆除の代わりに管理という語を使い、保護は管理ではないという、もう何が何だか訳の分からないことになっています。よほど駆除という言葉を用いるのが嫌なのでしょうね。

ところで、ここに書かれた「適正な水準」や「適正な範囲」の「適正」というのは何なのでしょう? 何を基準に適正と言っているかがまず分かりません。今回の法改正は、じつはシカとイノシシの個体数を減らすことがメイン、というか、ほぼそれだけのための法改正です。なので、この「適正な水準」も、シカやイノシシの個体数がまず想定されているのは間違いありません。しかし、それならそのことがはっきり分かるような書き方をすべきで、その考え方を他の鳥獣に対しても同じように適用させようとするのはあまりに乱暴です。たとえばシカが増えたのは、もとをただせばオオカミなどの捕食者がいなくなったからです。その場合は、捕食者がいる状況での個体数を基準にして「適正な水準」を考えることもできるかもしれません。けれども、アオサギなどの場合は、もともと捕食者がいないため、生態系が許容する範囲を超えて個体数が増えるということは今も昔も原理的にあり得ません。生態学的に見れば、彼らの個体数に適正な水準という概念は成り立たないのです。

適正とか適切などという言葉はお役所言葉の最たるもので何の意味もありません。何かまっとうなことを書いているようでいて、その実、何も書いていないのと同じです。少なくとも科学的な書き方が必要な文に使う単語ではありません。「適正な水準」の話ではありませんが、今回の答申案については審議会の委員からも科学的でないと散々文句を言われていました。実際、そのとおりなのです。審議内容については、部会の第20回から第22回と小委員会の第1回から第8回の議事録にすべて載っていますので、興味のある方はぜひご確認ください。

これらの議事録を見てみると、スケジュールが立て込んでいるとはいえ、さまざまな課題が次の宿題ということで先送りされ、生煮えのまま法律ができあがっていく様子がよく分かります。先に書いたとおり、今回の法改正はシカやイノシシへの対処に焦点を絞ったものです。しかし、法そのものが改正される以上、影響を受けるのはシカやイノシシだけとは限りません。よほど考え抜かれたものでないと、それ以外の鳥獣に想定外の負担(たとえば過剰な捕獲圧など)がかかってきます。「適正な水準」の問題はそのひとつに過ぎません。ともかく、いろいろと不完全、あっちもこっちも不備だらけの法律なのです。以下の引用は自然環境部会の議事録にあった事務局の答弁ですが、これだけ見ても今回の法改正がいかに不完全なものかが分かるかと思います。

(シカやイノシシの駆除の)仕組みはできるとしても、その先に何を目標に鳥獣管理をしていくかというのは、まだまだこれから議論が必要だと考えています。

まるで逆ですね。ふつうは目標を立てて、それに合わせて仕組みをつくっていくものです。目標のない鳥獣管理とはいったい何なのでしょう? 恐ろしいことです。

じつは、今回の鳥獣保護法の改正にともない、同法の指針も変更されることになり、その変更内容について、現在、以下のように意見の募集が行われています。

「鳥獣の保護及び管理を図るための事業を実施するための基本的な指針(変更案)」について、広く国民の皆様から御意見をお聞きするため、平成26年9月16日(火)から10月16日(木)までの間、意見の募集(パブリックコメント)を行います。

鳥獣保護法の指針ということで、ここにも「管理」や「適正な水準」など、今回取り上げたのと同じ問題が山積しています。改正法のほうはすでに成立してしまいましたが、こちらはまだ間に合います。関心のある方はぜひ御一考を。

生息状況調査の必要性

近年、アオサギが増えているという話をよく聞きます。しかし、これはどこまで根拠のある話なのでしょうか?

たとえば、私が調査している北海道では1960年から2000年にかけて、営巣数が約4.5倍に増えています。具体的には約1000巣から約4,500巣への増加です。もっとも、1960年の営巣数は文献から得た値なので見落とされているコロニーがあるかもしれず、そうであれば実際はもう少し多かった可能性があります。ただ、当時の値が過小評価されているとしても倍も違うようなことはまずないので、2000年から比べるとずっと少ないのは間違いないでしょう。つまり、北海道では2000年までの40年間でアオサギが増えたことはどうやら確からしいのです。ついでに言うと、もうひとつ注目すべきはコロニーの数の変化です。1960年のコロニーはたった6ヶ所。これが2000年には75ヶ所と十倍以上に増えています。これはコロニーが分散してひとつひとつのコロニーが小規模になったことを示しています。以前は餌が豊富で安心して子育てできる環境に多くのアオサギが集まっていたのが、そのような条件の良いところがどんどん減ったために、小さな集団に分かれてなんとか暮らせる場所を見つけざるを得なくなったということです。数は確かに増えたかもしれませんが、アオサギにとって決して喜べるような状況ではないのですね。

では、国内の他の地域はどうなのでしょう? これについては以前、ここに書いたとおりで、全国的な傾向についてはほとんど分かっていません。全県で毎年サギ類のモニタリングをしている福井県のような奇特なところが無いわけではありませんが、これはほんとに例外中の例外。基本的にはどの都道府県もサギなどどこ吹く風といった感じです。民間で調査されているところもごく僅かです。世間で増えた増えたと言っているのは多分に感覚的なもので、そのほとんどは確証があって言っているわけではないのです。

北海道に限らず、他の地域でもアオサギが増えている可能性はあります。私も感覚的なことしか言えませんが、以前に比べて増えたのはおそらく間違いないと思います。ただ、世間が思っているほどの大幅な増え方はしていないと思うのです。つまり、多くなったと感じるのは目に付きやすくなっただけなのではないかと。先に書いた小規模分散化の傾向は北海道だけに限りません。分散化すればそれだけアオサギの分布域は広がります。アオサギは集団で繁殖する鳥ですから、コロニー付近では頻繁に見かますが、あるていど離れるとさっぱりいなくなります。ところが、コロニーの分布域が広がれば、たとえそれが小規模なコロニーであっても、アオサギを見かける地域は広くなります。どこに行ってもアオサギがいる、どこでも見かける鳥、ということになってくるわけです。とくに最近は都市域までアオサギが進出するようになり、その点でもアオサギが目撃される機会は格段に増えたと思います。要するに、よく見かけるようになったからといって、必ずしも見かける頻度に比例して個体数が増えているわけではないということですね。

いろいろ書いてきましたが、何が言いたいのかというと、国内のアオサギの生息状況に関する認識はこのていどだということです。これがたとえばヨーロッパのほうだと、たいていの国できちんと生息数が調べられており、細かいところでは1巣単位、大雑把なところでも100巣単位で国中の巣数が見積もられています。あちらに比べると日本を含めたアジア地域は地形や植生が複雑だったり何かと調査しにくい気もしますが、それでもやるところはちゃんとやっています。たとえば韓国。これは先日の鳥学会で発表されたものですが、韓国では国中のサギの巣が調べられています。全国で35,512巣、そのうち37.8%がアオサギの巣なのだそうです。ここまで細かく調べられたとは、もうお見事というほかありません。ともかく、韓国でできるのですから、地形が植生がというのは言い訳にはなりません。日本でも同レベルの調査が早急に必要です。

ところで、アオサギの生息状況調査の必要性をなぜこんなに強調しなければならないのか、それには理由があります。たとえば、アオサギが人の知らないところでひっそりと暮らし、これまで人の影響をまったく受けたこともなく、これからも受けることがない、彼らがそんな相手なら調査にそれほど差し迫った必要性はありません。しかし、彼らの生活は人の生活と無縁ではなく、その関係は近年ますます深まってきているのが実情です。そして今、その行き着くところが駆除という形で表面化してきているのです。アオサギの駆除については、以前、ここに書いたとおりで、駆除数だけ見てもここ十数年の間に異常な増え方をしており、とても無視できる問題ではなくなってきています。もちろん駆除するからにはそれなりの理由はあるのでしょう。しかし、問題は駆除することでアオサギにどのような影響があるかをまったく予測することなく、ただ被害があるからというだけで盲目的にアオサギが殺されていることなのです。鳥獣保護法の指針には、有害駆除は科学的な知見に基づき計画的に実施しなければならないとはっきり書かれています。アオサギの生息状況すら把握できていないのに、どのようにすれば科学的で計画的な駆除が行えるのでしょうか?

アオサギの生息数の話がいつの間にか行政批判になってしまいましたが、日本の鳥獣管理行政は、少なくともアオサギの管理に関する限り徹底的に無策としか言いようがありません。しかし、それと同じぐらい問題なのは、その行政のいい加減さを知る人があまりに少ないということです。これはアオサギにとって本当に不幸なことです。アオサギに限らず、鳥獣行政の実態を少しでも多くの人に知ってもらえればとつくづく思います。今回はとりあえずこれで終わりますが、鳥獣行政については私も多少調べてきましたので、近日中にもっと詳しい報告ができればと思っています。

虻ヶ島の問題

富山県氷見市の沖合に虻が島という面積1ヘクタールにも満たない小さな島があります。この島でアオサギが子育てし、それが島の希少な植物を枯らすというのでもうずいぶん前から問題になっています。ここ数日、そのことが新聞でいつくか記事になっていたので、今回はこの問題について少し考えてみたいと思います。

以下の記事は虻が島で小中学生を対象に自然観察会と島の清掃が行われたという内容で、アオサギの問題を掘り下げて書いたものではありません。

北日本新聞(2014年07月29日)「虻が島を清掃、自然観察 灘浦小・中
富山新聞(2014年07月29日)「虻が島の自然、豊かさ体感 氷見の子どもら清掃、観察

ただ、どちらの新聞も問題があることはさりげなく訴えていますね。とくに北日本新聞のほうはわりと強く問題視しているようで、じつはこの数日前にも記者ブログという形でわざわざこの問題を取り上げています。

北日本新聞(2014年7月25日)「虻が島のSOS

この記事だけ見ると、「SOS」とか「早急な対応が求められる」とか、急に問題が生じたかのような感がありますが、じつは15年以上も前から同じような状況なのです。以下はちょうど10年前の中日新聞の記事です。

中日新聞(2004年4月19日)「アオサギのフン害防げ 虻が島で営巣材撤去 氷見市教委と住民連携

氷見市では当時から巣を落とすことでアオサギに営巣させないようにと考えていたようですね。しかし、アオサギも少々巣を除去されたぐらいでは立ち退きません。そこで、市のほうでは他にもいろいろな方法を試みています。たとえば、ハヤブサの声を発する模型を設置したり、樹上に蛍光色の糸を張り巡らしたり…。

富山新聞(2007年12月18日)「海浜植物をサギの被害から守れ 富山県氷見市の虻が島 蛍光の糸で包囲が奏功

けれども、いずれの方法も効果は限定的。結局、市としてはアオサギが来る前に巣を全部除去しておくという方向で意見がまとまったようです。

富山新聞(2010年9月1日)「虻が島のアオサギの巣撤去へ 氷見市教委、「ふん害」対策

そもそもアオサギがいて何が問題なのかというと、アオサギのフンが植物の成長を阻害するということなのですね。実際、多かれ少なかれフンの影響はあると思いますし、どこのコロニーもそれは同じです。ただ、この島の場合はあまりに面積が小さいため、植生の多様性が損なわれるともとの状態に回復するまで時間がかかる、あるいは回復できないということはあるかもしれません。

さて、その後、実際に巣を全部除去できたかどうかはともかく、結果として今もアオサギは営巣を続けているわけで、人間側の思惑はここまでことごとく外れたと言えそうです。今年3月の北日本新聞にそのやりきれなさが伝わる記事がありました。

北日本新聞(2014年3月10日)「虻が島のふん害深刻 氷見・巣除去いたちごっこ

こんなふうに同じコロニーが永年にわたってニュースになり続けるというのはおそらく他には無いのではないでしょうか。そこまで嫌われているのなら、アオサギのほうもさっさと他所に移ってしまえば良さそうなものですが、アオサギのほうもそこにいたい理由があってそこに住んでいるわけで、そんな簡単には出ていってくれません。何か決定的に効果のある対策を考えない限り、今後もこの状況は変わらないでしょう。なにしろすでに15年以上も続いているのですから。

ただ、もうまったくお手上げなのかというとそうではなく、やりようはいくらでもあります。実際、国内でもうまく出ていってもらった事例はいくつもあります。また、アオサギを追い出すのに有効な方法も以前とくらべればずっと増えています。その辺の具体的なことは書きはじめると長くなるので、近いうちにまたあらためて記事にしたいと思います。

ところで、上述の北日本新聞のいたちごっこの記事には、県がアオサギ駆除の検討をしていると不穏なことが書かれています。これについては私も気になったので、その後、県や氷見市に問い合わせてみました。双方とも今のところそうしたことは考えていないとのことです。どうやら北日本新聞の記者さんは記事の内容を見てもいろいろ気負いすぎているようですね。なんとかしなければという思いは分かりますが、余裕が無いというかあまりに一方的にアオサギを悪者扱いしすぎている感じが拭えません。マスコミの論調はアオサギの保護保全に対する人々の意識を簡単に左右してしまうので、もう少しバランスのとれた記事にしてもらいたいなと思います。

それに比べれば、10年前の中日新聞の記事はずっと好感が持てます。もっとも、これは記事というより記者の感想のようなものですが。

中日新聞(2004年4月25日)「島にも人間生活の弊害?

アオサギが沖合の島で営巣しているのが「人間の営みによるしわ寄せ」だという感想は私もまったく同感です。一方、先の北日本新聞の記事では、島が「アオサギにとっての”楽園”」と書かれています。これは明らかな勘違いですね。彼らが島に来たのは巣作りに適した環境が他に無くなったからで、仕方なく島に居場所を見つけたというのが本当のところでしょう。

国内のコロニーでアオサギ本来の営巣環境を保てているところなどほとんどありません。幸いにもアオサギは環境に対する順応力が高いため、なんとかかんとか場所を見つけて子育ての営みを続けられていますが、決してベストな生活を送っているわけではありません。彼らが私たちに迷惑をかけることがあるのは事実ですが、私たちが彼らに負担を強いていることのほうがよっぽど多いのです。そのことを認識せず、邪魔なものは追い出せば良いという態度で事にかかれば必ず失敗します。実際、国内至るところそんな失敗だらけです。しっかり情報を集めて頭を使って丁寧に対応すればアオサギとの共存は決して無理なことではありません。けれども、多くの自治体はそれがまったくできていないのですね。失敗すべくして失敗し、人とアオサギの関係を悪いほうへ悪いほうへと押しやっているのが現状です。行政の無能さがアオサギのいま一番の敵と言えるかもしれません。

もっとも、氷見市や富山県がそうだというのではありません。氷見市、富山県に限らず、総じて北陸地方の鳥獣行政は、ことアオサギに関しては国内でもかなり高いレベルにあります。これは何故なのかよく分からないのですが、北陸はアオサギが昔から多くいた地域なので、お互いうまく付き合っていくための知恵や価値観を地域文化として共有できているのかなと思ったりもします。だからこそ、虻が島の問題も人とアオサギ双方にとって納得のいく解決策を見つけてほしいと切に思います。

巣立ちヒナ数

DSCN0015早いもので、アオサギの子育てシーズンも終わりに近づいてきました。札幌近郊のコロニーではヒナが飛びはじめ、空っぽになる巣もそろそろ見られはじめています。ただ、もう終わりかと思っても、ここからがじつは長いのです。早くから巣作りを始めて何もかも順調であれば、このまますんなりヒナが巣立ちしてそれで終わりです。けれども、渡りがひと月以上遅れるのもいますし、たとえ早く始めたとしても途中で失敗すればまた最初からやり直しです。そんなこんなで、最後の一羽が巣立つのはあとひと月半ばかり先になります。もっとも、それはここ札幌辺りでの話。地域によってはもっとかかる場合もあるようです。東京のほうでは1シーズンに2度子育てすることもあるそうで、9月になってもまだ終わらないのだとか。

ところで、先日、とある新聞にアオサギは繁殖力が旺盛だとのコメントが掲載されていました。たしかに何百という集団でコロニーをつくり、あちこちに大きなヒナがいるのを見ればそういう印象を受けるのも分かります。けれども、実際のところアオサギはそんなネズミ算式に増えるような繁殖力はもっていません。けっこうギリギリのところでなんとかバランスをとっているのが実情です。今回はちょうど巣立ちシーズンでもあるので、巣立ちヒナ数を手がかりにその辺のことを少し考えてみたいと思います。

DSCN0244たとえば、今年、私が観察していた江別コロニーでは、1つがい当たり約2.2羽のヒナが巣立っています。ただ、これは現在までの状況で、このあと巣立つはずのヒナ数は含めていません。一般に遅く繁殖を開始したつがいのヒナ数は減る傾向にありますし、途中で失敗する割合も多くなります。そのことを考慮すると、繁殖期全体の巣立ちヒナ数はこの2.2羽という数値より多少低くなるはずです。例年どおりだと、たぶん2羽台は維持できないのではないかと思います。コロニーを見ると、大きなヒナが3羽、4羽いるところが目立つものですから、どの巣にもたくさんヒナがいるように思えますが、一方で完全に失敗して1羽も育てられないところも2割前後あって、それらの巣も含めて計算すると見た目よりかなり少なくなってしまうのです。見えるものだけ見ても真実は分からないということですね。

さて、この2羽弱の巣立ちヒナ数、これは果たして多いのでしょうか、少ないのでしょうか? ここではその判断基準として、現状の個体数を維持するのに最低限必要な巣立ちヒナ数は何羽なのかという視点で考えてみたいと思います。個体数が増えも減りもしないちょうどバランスのとれるヒナ数を設定し、それを実際の巣立ちヒナ数が上回れば個体群の規模は拡大する可能性があり、下回れば徐々に縮小していく恐れがあると考えるわけです。この値は齢ごとの死亡率を変数にしてシミュレートできます。アオサギの死亡率は思いのほか高く、とくに幼鳥1年目の死亡率は6、7割に達するとされています。3羽巣立っても翌春まで生き延びるのは1羽しかいないのです。一方、成鳥になると生き延びる確率はぐんと増えます。長生きするほど生きるためのスキルが磨かれ死亡率も減っていくわけです。そのようなことで、齢によって異なる死亡率を変数にあれこれ計算した結果、個体数の現状維持に最低限必要なヒナ数は1.84羽になりました。アオサギの死亡率についてはごく限られたデータしか参照にしていませんし、地域差も考慮しなければなりませんが、ともかく一応の目安にはなるでしょう。ちなみに、アメリカのオオアオサギでも1.9羽とこれに近い値が報告されています。

DSCN0405こうしてみると、2羽を切るような巣立ちヒナ数は決して多いわけではなく、ややもすれば現状維持できるラインを下回るレベルにあるといえます。繁殖値としての条件が良好であれば、巣立ちヒナ数が1.84羽を下回ることはないと思いますが、餌資源量が不安定だったり営巣環境に不安定要素があったりすると、この値を大幅に下回る場合も出てきます。たとえば、以前、私が観察していた道東の標津コロニーは4年間調べていて巣立ちヒナ数が1.84羽を上回った年は1度しかありませんでした。信じられないことに、0.32羽という記録的にひどい年もあったのです。その年、1羽も巣立たせることができなかったペアは全体の8割にも達していました。

そんなわけで、アオサギを指して繁殖力旺盛だというのは甚だしい勘違いです。年に一度、十分経験のある親鳥が運に恵まれてようやく2、3羽のヒナを育てられる、そんな世界です。彼らの子育ての様子を見ていると、繁殖力旺盛だなどとは気の毒でとても言えません。もっとも、最初に紹介した1シーズンに2度も子育てするという東京のアオサギ、彼らはちょっと別格かもしれませんが。

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