アオサギを議論するページ

秋の渡り

渡りの季節ですね。急に涼しくなってそわそわしているアオサギも多いのではないでしょうか。

今回はそのアオサギの渡り時期について書いてみたいと思います。とはいえ、分かることはあまり多くはありません。ただ、北海道などではアオサギが渡ることははっきりしていますから、同じ場所に腰を据えて見ていれば、いつ頃渡るのかというのはおおよそ見当が付きます。

nottsuke右の図は私が北海道の野付湾でアオサギを観察していた頃のもので、湾内に飛来するアオサギ個体数の季節変化を表したものです(グラフ上の点の種類は潮汐条件によって分けたものなのでここでは無視してください)。野付湾は水深の浅い湾で、干潮時にできる浅瀬はアオサギにとって絶好の餌場となります(下の写真)。おそらく、国内を探してもアオサギがこれほど高密度にいる餌場は無いのではないかと。そのくらい水面がアオサギだらけになるところなのです。

野付湾での採餌この地域ではアオサギは3月末に飛来し、4月から7月にかけて繁殖活動を行います。その間、遅れて渡ってくるのがいたりヒナが生まれたりで餌場の利用頻度は少しずつ上昇していきます。さらに幼鳥の巣立ち後はその分だけ餌場の個体数が増えることになります。それが8月頃の状況です。ここのサギたちは餌場が野付湾にほぼ限られるため、基本的にはこの8月の個体数がこの地域のアオサギの総数になります。ところが、面白いことに野付湾では9月になるとさらにアオサギの数が増えるのです。

この増加分はほぼ間違いなく他所からやってきたサギたちによるものです。つまり、この時点で秋の渡りが始まっているということですね。ただ、彼らがどこからやってくるのかは分かっていません。野付湾の北のほうには網走湖のコロニーなど大小のコロニーがいくつかありますから、そこのサギたちが知床半島を横切って野付に下りてくるのかもしれません。オオハクチョウなどは知床越えのルートを通っていますから、アオサギが同じことをしていても不思議ではありません。けれども、もっとありそうなのは国後や択捉からの飛来です。国後から野付はほんとに目と鼻の先。風に乗ってぱたぱたやっていればアオサギなら20分もかからず着いてしまうでしょう。

そんなわけで、9月の野付湾はもともといたのと渡って来たので800羽を超えるアオサギたちが集結することになります。けれども、そんなお祭りのような状態は長くは続きません。そんなにサギだらけではそこにいる魚たちも大変でしょうし。やがてサギたちはより南の水辺を目指して渡っていくことになります。ただし、ガンやハクチョウなどのように一斉にいなくなるということはありません。渡りは長い期間にわたって続き、遅いのは12月初めまで残っていたりもします。けれども、がんばってもそこまでです。それ以降は水面が凍って餌場になりませんから。

北海道の場合、アオサギの渡りはだいたいどこもこんな感じだと思います。ただ、北海道でも川が冬でも凍らないようなところは、とくに最近、越冬するアオサギも稀ではなくなってきました。餌が獲れさえすれば寒さは大した障害ではないのかもしれません。何と言っても自家製のダウンをしっかり着込んでいるわけですしね。

ともあれ、この先の季節、北海道のアオサギは減ることはあっても増えることはありません。季節が秋めいてくるにつれ北風に削られるように減っていきます。どこへ行くとも言わず、ただいなくなってしまいます。四国、九州あたりで留まるのか、それとも東南アジアのほうまで足を伸ばすのか。知りたくもあり、知らずにあれこれ思いを巡らすほうが良いようでもあり。ともかく、来春また元気で帰ってくることを願うばかりです。

アオサギの推定個体数

先日、発売されたBIRDERの記事に、アオサギの個体数を全国で約3万羽と見積もった一文がありました。こうして具体的に数値を示されると、それだけでインパクトがあるというかいろいろ考えてしまうものですね。じつは、国内のアオサギの生息状況については全国的な調査どころか地域レベルの調査さえごく僅かしか行われていないのが実情で、BIRDERに示された推定値も妥当なものかどうかは誰にも分かりません。ただ、大雑把な推定値であるにせよ、この数値は実際の個体数からそれほど大きくはかけ離れてないように私には思えます。少なくとも数千ないし数十万という単位ではなく、数万のオーダーであることはまず間違いないのではないかと。そこで今回はこのアオサギの個体数について私も独自に推定してみたいと思います。

estimated population地域別に、まずは北のほうから。北海道では2000年代前半に北海道アオサギ研究会が全道をくまなく調査しており、道内の生息状況は比較的よく分かっています。その報告書によると、当時の営巣数は約4,500巣と見積もられています。アオサギは一夫一妻ですからこれを単純に倍にして約9,000羽の成鳥がいることになります。その後は同水準か多少増えたかなというていどなので、現在はちょうど10,000羽ぐらいでしょうか。繁殖に参加しない幼鳥を入れると実際の個体数はもう少し多くなりますが、今回はとりあえず繁殖している成鳥だけで考えることにします。

北海道は面積が広い上に彼らの生息に適した環境も多いため、単独の都道府県としてはアオサギの個体数はもっとも多いと思われます。一方、密度から言えばもっと高密度にアオサギが暮らしている県があります。たとえば福井県。じつは日本海側は昔からアオサギが多いのです。福井県では日本野鳥の会福井県のサギ類調査グループが、毎年、県内の全コロニーをモニタリングしています。その報告によると、2011年は県全体で628巣が確認されたそうです。個体数にして1,256羽。隣の石川や富山も同じような生息状況だとみなすと、北陸全体で3,500羽といったところでしょうか。

同じように、長野県では県の環境保全研究所が、2007年に全県を網羅した調査を行っています。この調査では718巣が確認されています。これも単純に倍にして1,436羽。隣の新潟県も日本海側ということで個体数は多いと思われますから、甲信越地方全体では3,500羽ぐらいかなと思います。

一方、太平洋側の地域ですが、こちらはあまりいないのかなと思いきや最近はそうでもないようですね。たとえば茨城県。ここは筑波大学などを中心に昔からサギ類の調査が熱心に行われてきた地域です。彼らが2000年代初めに県中南部地域で行った生息状況調査のごく簡単な結果がこちらで見られます。これによると、茨城県の中南部地域では、サギ類のコロニーの中でアオサギが占める割合はたった4%に過ぎないことが分かります。個体数にするとおよそ770羽ほどになります。他の地域は茨城の例を参考に、地形や餌場のことなどを考慮しつつ半ば直感で数値を当てはめていくしかありません。ということで、関東全域では3,000羽ほどになるのではと推測します。

ところで、上記資料にあるように、筑波の人たちは滋賀県にも出かけて同様の調査を行っています。こちらはアオサギの割合が4割と格段に高くなっています。個体数も滋賀県全体でおよそ2,550羽。先ほど福井県のアオサギ密度が高いと書きましたが、計算してみると滋賀県はその2倍以上の密度になるようです。広い水辺のある環境は水鳥にとってはやはり魅力なのですね。

近畿では他に京都でもコロニー単位で個体数が記録されています。これは京都府の佐々木さんが調べられたもので、こちら(PDF)で結果を見ることができます。1997年の調査とややデータが古いのですが、当時の個体数はおよそ870羽ほどになるようです。

大阪のほうでも記録があります。これは大阪市立自然史博物館の和田岳さんによって1990年代後半に調査されたもので、その結果は大阪府下のサギの集団繁殖地のページにまとめられています。それによると、当時の営巣数は200数十巣ほどになります。その後の生息状況については分かりませんが、当時から変わっていないと考えると個体数にして500羽ていど。近畿地方全体では、全てひっくるめておよそ5,000羽と予想しました。

広域での調査結果をいくつか挙げてきましたが、こうした調査が行われることは稀で、私も上で紹介した調査以外はほとんど知りません。もし地域のアオサギ個体数に関するまとまった資料をご存知の方がおられましたら御教示いただければ幸いです。そのようなわけで、以下の地域については具体的なデータが無く、ますます心許ない推測しかできません。まったくいい加減で申し訳ないのですが、そこのところは目を瞑ってもらって、今回は無理矢理にでも数値を出してみたいと思います。

まずは東北地方。ここは太平洋側にはそれほど多くないと思われますが、面積が面積ですから全体で6,000羽ていどになるのではないでしょうか。東海は関東と同じような状況だとみなして3,000羽。西日本の状況についてはさらに根拠がありませんが、他の地域の個体数と同程度ではあっても多いということはなさそうです。中国4,500羽、四国1,500羽、九州3,000羽ぐらいかと。沖縄は繁殖していないはずですから生息しているとしても僅かでしょう。

そのようなことで、ここで見積もった数値を全部足すと43,000羽になりました。これに繁殖に参加していない幼鳥を加えて50,000羽ぐらいにはなるかなと。前後2万ぐらいの誤差はあるかもしれませんが、他に全国のアオサギ個体数の推定値が無いので、大雑把な数値でも何も無いよりはましでしょう。

さて、国内のアオサギの5万という数、多いと思われたでしょうか少ないと思われたでしょうか? 何を基準に置くかで感じ方はずいぶん変わってくると思いますが、たとえばマガンの国内個体数は冬だけとはいえ15万を超えています。アオサギが5万としてその3倍もいるわけです。そして、片方は天然記念物であり、もう片方は有害鳥獣なのです。これはアオサギにしてみれば理不尽なことこの上ないですね。もちろん、両種の生態も人との関わり方もまるで異なるので個体数だけで比較するのは無謀ですが、現実を客観視する上でこうした比較はまったく意味の無いことではないような気がします。

あるいは人と比べればどうでしょうか? 我々人間の多さに比べれば5万など吹けば飛ぶような少なさです。国内に限って言えば、ヒト2,500人に対してアオサギ1羽といったところです。アオサギが多いか少ないかは別にしても人が多すぎるのは間違いないでしょう。人とアオサギとの間には何かとトラブルがありますが、そもそも人がこの地上に無闇に増えすぎたことがあらゆる問題の根源。アオサギの行為をあれこれ言う前に、まずはそのことを自分たちの原罪として常に認識しておかなければと思います。

北の大地で撮られた知られざる姿

北海道、幌加内町にお住まいの内海千樫さんは、永年、アオサギを専門に撮ってこられた方で、これまで道内や東京でアオサギの写真展を何度も催されています。その内海さんのアオサギの写真がBIRDERの今月号で紹介されていました。タイトルは「アオサギの子育て 〜北の大地で撮られた知られざる姿〜」。コロニーを中心としたアオサギの日常風景が、9ページ、15枚の写真の中に切り取られています。

巻頭の見開きページでは、内海さんがアオサギの成人式と呼ぶ巣立ち直後の幼鳥たちだけが集まった写真があります。この写真の臨場感はちょっと他では得られません。写真をお見せして説明できないのがもどかしい限りですが、先日発売されたばかりですので気になる方はぜひ手にとって御覧になってください。

アオサギ一羽一羽

20年も前のことを考えると、人とアオサギの距離はずいぶん縮まったなと思います。地域によってはアオサギが人馴れし、彼らに近づける距離が実際に近くなった場合もあるかと思いますが、そうでなくてもデジカメやネットの普及で、昔とくらべればはるかに彼らの姿を間近で見られるようになりました。最近では、NYのオオアオサギのライブ映像のように、写真だけでなく動画を通して彼らの日常を詳らかに観察できるものまであります。

facesこんなふうに状況が変化してくると、彼らを見る目も自ずから変わらずにはいられません。少なくとも私の場合は、昔は百メートルも離れたところから双眼鏡やプロミナで遠望するのがやっとでしたから、アオサギを観察していても、一羽一羽を個々のアオサギとして意識することはほとんど無かったように思います。とくにアオサギの場合は遠目には雌雄の区別さえ難しいですし、おまけに集団で繁殖していますから、どうしてもひとまとめのアオサギとしてみなしてしまいがちだったのです。

ところが、上の写真のように羽毛の一本一本まで細かく見られるようになると、これはもう一羽一羽まったく別のアオサギです。写真は齢の違うアオサギを並べているので違っていて当然なのですが、それでも20年前ならここまでの違いをはっきり意識していた人は、よほどの専門家でない限りほとんどいなかったのではないでしょうか。

facesここまで彼らの姿がクローズアップされるようになると、顔の表情まで気になります。右の写真はその一例。皆、だいたい同じぐらいの齢のヒナです。こんなふうに様々な表情があるのですね。もっとも、これは正面から見たときの多少おかしな表情ばかりを選んでいるので、多様な表情とはいえないかもしれません。実際はもっと凛々しく見えるときもあれば可愛らしく感じられるときもあり、哀感を帯びた表情になるときもあります。目とくちばししかないのに、どうしてこれほど豊かな表情が生まれるのだろうと不思議なほどです。まあ、それを言えば人間も似たようなものですが。

ともかく、昔と比べて彼らが意識の上でより身近な存在になってきたのは確かだと思います。野外では遠目にしか見られないかもしれませんが、一見同じようなアオサギでも、じつは一羽一羽まったく別のアオサギです。その意識が頭のどこかにあれば、たとえ遠目にしか見られなくても身近に感じることは可能だと思うのです。

結局、種は違えど、人もアオサギも、一人一人、一羽一羽が独自の個性をもって存在しているということなのでしょう。この本質的な部分では人とアオサギは何も変わりません。同じ生き物として、良き隣人でいたいものです。

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