アオサギを議論するページ

人工営巣木 その2

少し前にアメリカに設置されている人工営巣木のことを書きました。今回はその話の続き。同じくアメリカのウイスコンシン州の事例です。どうもこの州ではあちこちで人工営巣木の設置が試みられているようなのです。

今回ご紹介するのは前回の電柱型とは見かけがずいぶん異なります。金属パイプを三脚のように組み、そのてっぺんに巣を乗せるというものです。これが設置されたのはAlmond Marshという湿地。ここもやはり、営巣木が枯死し、コロニーの規模がどんどん縮小していることから人工的な補助を思い立ったようです。作業はオーデュボン協会が主体となり、森林保護局と多くのボランティアが協力して行っています。こちらのページで構造物と作業の様子が御覧になれます。見てのとおり、今回の構造物はいたってシンプル。前回の電柱型は州当局が事業主体だったこともあり、多くの企業を巻き込んで重機を使う大掛かりな作業でしたが、こちらは全て人力です。作業している人たちもなんだか楽しそうです。

それにしても、この構造物、いかにも人工的です。てっぺんに巣が無ければ、まるで自然の中につくられたオブジェのようです。ところが、こんなものでもサギは営巣するのですね。この試みは昨年始められたもので、1年目は試験的に1体を設置し、めでたく営巣を確認。これに気を良くして2年目の今年は11体を増設しています。その効果はというと、12の人工巣のうち9巣が利用され21羽のヒナが巣立ったとのことです。一方、木にかけられた自然巣のほうは23巣(途中で4巣が崩壊)で巣立ったヒナが27羽。なぜか人工巣のほうが圧倒的に成績が良いですね。

このプロジェクトは地元でもちょっとしたニュースになっています。オオアオサギの個体数も増え、おまけにオオアオサギに関心をもつ人も増えたということで予想以上の成果が得られているようです。

それにしても、あちらの人々がオオアオサギにかける熱意というのは目を見張るものがありますね。ここまでオオアオサギのことを気にかけるのは何故なのでしょう? この州でオオアオサギが保全上留意すべき種とされていることは理由のひとつかもしれませんが、それでも種自体はとくに絶滅の心配があるわけではないですし、やはりオオアオサギそのものに対する何か特別な思い入れがあるように思えてなりません。それが何なのか、なぜそうなったのかは私には分かりません。けれども、もしそれを知ることができれば、アオサギと人との関わり方を考えていく上でかなり大きなヒントになるような気がするのです。

初雪

一昨日の夜、例の甲高い声に夜空を見上げると、うっすらと3羽の影が頭上を横切っていきました。もしかすると、その前方には少し大きな群れがいて、それを声で追いかけていたのかもしれません。夜とはいえ真っ暗にはならない札幌の空を南へ向かったのは、たぶん、渡りです。

彼らが春から夏にかけて過ごしたコロニーは、誰もいなくなってもう三月近くになります。秋の葉が舞い落ちる林は、それでもほとんどの巣はまだ残っていて、静けさの中にしっかりとその存在感を示しています。
そして、彼らがここで生活した痕跡は足下にも…。

アオサギのコロニーは生と死が混在する空間です。弱いヒナ、不運なヒナは一瞬で巣から転落し、生の世界から死の世界へ速やかに不可逆的に移行します。ヒナはたとえ落ちたときすぐに死ななくても生き延びる可能性はまずありません。巣から落ちたヒナを親鳥が構うことは無いからです。自力で巣に戻れないヒナに最初に注意を払うのは、キツネかアライグマか、あるいはヒグマか、いずれにしてもヒナたちに友好的なものではないでしょう。繁殖期、生が横溢する樹上の空間とは対照的に、林の底に広がるのは限りなく死に近い世界です。

無数の死と引き換えにわずかな数の命が生き延び、命の連鎖は途切れることなく、季節の移ろいとともにまた次のステージへと進んでいきます。

今朝の札幌は雨が雪に変わりました。すでに大部分のサギたちはここを去っているはずです。

人工営巣木

右の図は何だと思いますか? じつはこれ、サギが巣をつくるための台座なのです。この図はこちらのページにあったもので、御覧のように板材の寸法まできちんと規格化されています。直径15-20cm、長さ9mの丸太にこの構造物を取り付けるというわけです。一本の丸太に付ける台座は3個で、それぞれ高さと角度を変えて配置します。ちゃんと止まり木(右方向に付き出した長い棒)まで用意されているところが素晴らしいですね。

日本ではこのような話は聞いたことがありませんが、アメリカのほうではけっこう前からこうした取り組みが行われているようで、失敗はしつつもそれなりに上手くいっているようです。サギ類の繁殖を人間がサポートするようになったのは、営巣木の枯損倒壊によってコロニーの存続が危ぶまれる事態になったことが理由です。営巣木の枯損倒壊については、立ち枯れ病のような樹木の病気によるものもあれば、ビーバーのつくったダムで湿地の水位が上がったことが原因の場合もあるようです。また、ハリケーンでコロニー自体がほとんど壊滅することいったこともあるそうです。そんな時、周辺に新たなコロニーがつくれる場所があれば良いのですが、国土の広いアメリカとはいえサギの住める場所は無限にはありません。人口密度が高く隅々まで開発されたところでは彼らが繁殖できる場所は限られています。その辺の事情は日本と変わりません。問題は、そこで何もしないで放っておくか、困っているサギたちに手を差し伸べるかというところです。

日本の場合、アオサギは個体数も多く広範囲に分布しているため、今のところ将来を心配するような状況にはありません。それなら放っておけば良いのではと思われるでしょうけど、必ずしもそうとは言えないのです。アオサギはそれまで利用していたコロニーに住めなくなると、往々にして人間の生活圏により近い場所に新たなコロニーをつくります。それでは人にもアオサギにも気の毒な結果にしかなりません。もし放置することで不幸な事態が予想されるのなら、人為的な営巣木をつくってでも既存コロニーを保存するのが今のところ一番賢いやり方のようです。

アメリカでの事例をひとつご紹介します。場所はウイスコンシン州のホリコン湿地。ミルウォーキーやシカゴの近くです。この湿地にはもう70年以上も前からコロニーがあったところで、オオアオサギをはじめ4種類のサギとウが混合コロニーをつくっていたようです。一時は1000つがいもの規模になっていたとか。ところが、その後、営巣木のニレが病気で枯れ、サギの営巣数は漸減します。ここで、州の自然資源局が数十本の人工営巣木を建てることになります。それが1992年から93年にかけての冬のこと。もう20年近く前からこうした取り組みをやっているわけですね。なお、この湿地に設置した人工巣は上の図のものとほぼ同じです。ただ、丸太の高さは12mから20mで、1本あたりの巣の数も8巣と先に書いたものよりは少し大掛かりです。このコロニーはその後、猛烈な嵐に遭うなどしてさらに規模が縮小しますが、オオアオサギは現在も残って数十つがいで営巣を続けているそうです。

さて、その人工営巣木、2009年に建て替え作業が行われたようです。その時の様子が天然資源局のニュースサイトに載っています。何と言いますか、これではまるで電柱ですね。たしかに巣としては十分機能しそうですけど、もう少し自然な感じに配置できなかったものかと…。ここで育ったサギたちが町の電柱に巣をかけないことを祈るばかりです。

巣立ってからが大変!

前回の投稿で、今年巣立った幼鳥はこの時期にはすでに多くが死んでいるはずと書きました。2割か3割はもうこの世にはいないだろう、と。それは幼鳥たちの餌捕りの下手さ加減を見れば容易に想像できます。けれども、これはただの推測ではなく、その根拠になるようなデータがずいぶん昔に報告されているのです。その報告というのは、オーエンという人が1959年に発表したオオアオサギの死亡率に関する論文。オオアオサギですからアオサギについてもほぼ同じと考えて差し支えないでしょう。

生存率、死亡率といったこの種の調査は、人の国勢調査と同じで、まず個々の鳥を識別しないことには始まりません。どのように識別するかというと、鳥では脚輪を付けるというのが一般的です。ただ、サギのように警戒心の強い鳥は簡単には捕まりません。そこで、巣にいるヒナを捕まえることになるのですが、樹上高いところに巣をつくる鳥なので作業はとても厄介です。その上、コロニーで捕獲するとなると、よほど注意してタイミングを選ばないと、ヒナが捕食者に襲われるなど彼らの営巣活動に多大な悪影響を与えかねません。そんなことで、私はコロニーでの捕獲は行ったことがありません。ところが、海外では昔からけっこう大胆にコロニー内での捕獲が行われているようなのです。そして、相当数のアオサギやオオアオサギのヒナに脚輪が付けられています。写真は前述のオーエンさんがオオアオサギの巣に登って調査しているところ(D.F.オーエン著、1977年、「生態学とは何か」より)。これはヒナに脚輪を付けるためではなく、おそらく別の調査時の写真だと思われます。それにしても、かなり大きな巣ですね。

話が少し脱線してしまいました。元に戻って死亡率についてです。左のグラフ(上記「生態学とは何か」より、一部改変)は先ほどのオーエンさんがまとめたもので、アメリカ全土で回収されたオオアオサギの1年目幼鳥の死体数を月別に表したものです。オオアオサギの巣立ち時期は個体によって多少ずれますが、大ざっぱにグラフの左端の7月にほとんどのヒナが巣立っているとみなして問題ないと思います。御覧のように死亡数が多いのは巣立ち直後で、その後、徐々に少なくなっていきます。7月の死亡数がそれ以降の数ヶ月にくらべて少ないのは、まだ巣立っていないヒナがいるということと、巣立ち直後で体に多少の蓄えがあり、少々食べなくてもすぐには餓死しないということでしょう。

ともかく、幼鳥にとっては巣立ち直後が最大の山場。別の研究者の報告では、コロニーを出て55日以内に40-70%の幼鳥が死亡するという見積りもあるくらいです。けれども、その時期をなんとか食いつなぐことができれば、翌春を迎える頃には餓死する可能性はぐんと減ります。冬は餌条件が厳しく死亡率も当然高くなるだろうと私は考えていたのですが、そういうわけでもないようです。冬よりも巣立ち直後のほうが圧倒的に死亡数が多いところをみると、餌が得られにくい状況よりも餌獲りの技量が劣ることのほうがよほど致命的ということですね。

こうして、たった1年のうちにかなりの幼鳥が死んでしまいます。オーエンさんはその死亡率を71.1%と見積もっています。これはアオサギの場合でもだいたい似たようなもので、いくつかの研究報告のうち、低いものでも55.8%、高いものでは78%というのもあります。せっかく巣立っても、1年以内に8割近くが死んでしまうのではやりきれませんね。兄弟間のあの熾烈な餌争奪戦を生き抜くだけでも大変なのに、ようやく巣立つことができたと思ったら、その時点で、一年後に生きている確率は20%と宣告されるのですから。

けれども、その一年を無事に切り抜けることができれば2年目の死亡率はぐんと下がります。そして、3年目以降はだいたい20〜30%ていどで推移するようです。それでもやはりかなり高い死亡率です。ちなみに、死亡率20%というと、たとえば日本人の男性では93歳頃の死亡率と同じです。アオサギやオオアオサギに関する死亡率は複数の研究で調べられていて、だいたい同じような推定値が出ています。それらの結果をもとに平均的な値をとって生存率を計算すると、100羽のヒナが巣立ったとして、10年後まで生きられるのは1羽か2羽というところ。ただし、中にはその後さらに10年、もしかすると20年と生きるサギもいるのですから、決して短命なわけではありません。彼らの大多数は一年未満、そうでなくてもほんの数年の命しかありません。しかし、その一方でごく少数のサギたちは何十年も生きることができるのです。何とも不思議な世界です。

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