アオサギを議論するページ

コウノトリ誤射と駆除への問題意識

先日、島根県でコウノトリがサギと間違えられ撃たれるという事件がありました。事件の内容は以下引用のとおりです。これはこれで大問題なのですが、私はむしろこの事件への人々の意外な反応に驚かされました。サギが駆除されていることについて関心をもたれる方が予想外に多かったのです。

島根県島根県雲南市教育委員会は19日、同市大東町の電柱で営巣し、4月にヒナの誕生が確認されていた国の特別天然記念物コウノトリのペアのうち、雌が死んだと発表した。猟友会の会員が、駆除の期間中だったサギと誤認し、射殺したという。(2017年5月19日付け朝日新聞より一部抜粋)

この事件が大きく報道されたのは、コウノトリが特別天然記念物で国内に僅かしか生息していないという希少性に対する関心と、それを誤射したという特異な状況が相まってのことだったと思います。いかにもメディア受けしそうな話題ですね。私はテレビのことはよく知りませんが、少なくとも新聞は各社こぞって報道し、全国的なニュースになりました。各新聞社の報道内容は上に載せた朝日の記事とどれもそんなに変わりません。ただ、サギの名前は出さず、単に「害鳥と誤認」したと書いている新聞もありました。このような文脈で改めてこの語を見るとつくづく酷い言葉だなと思います。しかもサギという語もなくただ害鳥…。まるでサギの存在自体、無視されているかのようです。ついでに言えば、コウノトリのことを天然記念物と呼ぶのもどうにかならないものかと思いました。鳥を「物」としか見ない見方、こんなのはもう何十年も前に廃れてて良いはずです。たかが言葉の問題だとは思いません。人の認識は言葉をもとにして作られるものなのですから。

話が大きく逸れてしまいました。今回の事件で私が注目したいのは、コウノトリの誤射という本筋でなく、サギの駆除という隠れた問題に目を向ける人が多かったことについてです。実際、ツイッターでは何故サギが駆除されているのか、何故サギが駆除されなければならないのかという疑問をツイートする人が大勢いましたし、当サイトやアオサギ駆除についての報告書へのアクセスもこの一件で劇的に増えました。このように、今回の件がサギ類の駆除に疑問をもつきっかけをつくったのは間違いないようです。

ちなみに、今回の報道はどの新聞でもサギと書かれているだけで、何サギなのか種名を特定している新聞は私の知る限りありませんでした。なので、私は当然のごとくアオサギのことだと思っていたのです。私に限らずニュースを見聞きした多くの人はそう思ったのではないでしょうか。けれども、ネット上の情報を拾い集めると、間違えられたのはアオサギではなくどうもシラサギのようですね。まあ、アオサギにしてもシラサギにしてもコウノトリとの違いは一目瞭然なのですが。

今更あらためて書くまでもなく、サギの駆除は全国的に相当な規模で行われています。たとえばアオサギでは全国の生息数の10分の1かそこらが毎年駆除されています。他のサギ類もアオサギ同様、駆除はやはり野放し状況。それなのに大抵の人たちはサギ類が駆除されていることなどまず知りません。シカやクマなど、被害が広範囲で被害を被る人も多くニュースなどでもよく取り上げられる鳥獣についてはよく知られていますが、サギ類の被害は局所的で被害を被る人も限られるので問題がなかなか社会に知れ渡らないのです。それを良いことにいい加減な駆除がまかり通っているのが現状です。

そして、こんなことではダメだ、なんとか社会に問題を認知してもらわなければ、と思って作ったのが上述の報告書というわけです。しかし、作ってはみたものの、予想どおり行政にはのれんに腕押しでしたし、世間の反応もほぼ皆無といった状態でした。鳥獣の駆除のことをわざわざ気に留めるような奇特な人はそうそういないのだろうと、正直なところかなり落胆していたのです。そういう経緯がありましたから、今回の一件でサギ類の駆除についての関心が高まったことは私にとって意外であり嬉しい驚きでした。

今回の件はサギ類の駆除を扱ったニュースではありません。にもかかわらず、サギ類の駆除について問題意識をもつ人が多かったという点に私は何かとても力強いものを感じています。今回だけを見れば、この問題意識を共有できたのは日本人全体のごく少数の人たちに過ぎないかもしれません。けれども、潜在的に共有できるかもしれない人たちは十分に多いと思うのです。

ともかくきっかけは何でも良いのです。駆除を担当している行政に直接物申したところで効き目はほとんどありません。行政のやっていることを変えるもっとも効果的な方法は世間の問題意識を高めることです。今回の出来事がそのきっかけのひとつになる可能性は十分あります。そうなれば、犠牲になったコウノトリも少しは浮かばれると思うのです。

怪獣か隣人か

アオサギの子育てシーズンも3分の1が過ぎたということろでしょうか。ここ北海道でもコロニーからヒナのか細い声がかすかに聞こえるようになりました。この時期になると何かとアオサギ関連の記事が新聞紙面を賑わせます。記事の内容は主に風物詩的なものと被害関係のもののふたつ。春先の記事は、今年もアオサギがやってきたという他愛のない風物詩的なもので、営巣が本格的に始まってからの記事はだいたい被害の話と相場が決まっています。被害関連の記事は今シーズンも気付いただけでこれまで2件ありました。そのうちのひとつがちょっと変わっていたので紹介したいと思います。

まずは変わらないほうのごくありきたりな記事から。これはつい先日の徳島新聞に載ったものです(リンク)。アオサギのフンで公園の木が枯れる、声がうるさい、といった定番の内容で、被害に対する住民の反応も予定調和のようにオーソドックスなものです。それはまあそういうものなのでしょうけど、この手の記事には私はどうしても引っかかります。この記事を読めば、よほどアオサギや生き物に思い入れのある人でない限り、駆除もやむなしという考えに傾いてしまうのではないかと思うのです。このような記事が地域内で何度も書かれたり、全国のあちこちで取り上げられたりするうちに、アオサギに対するネガティブな感覚がやがて社会のコンセンサスになる、私はそのことをとても恐れます。今回はたまたま徳島新聞でしたが、アオサギの被害記事に関する限りどこの新聞も大同小異です。

さて、紹介したいもうひとつの記事ですが、こちらは1週間ほど前の中日新聞に載っていたものです(リンク)。こちらも被害の内訳はフンが汚い声がうるさいのお馴染みの2点セット。徳島のケースと変わりません。ですが、この記事は必ずしもアオサギに敵対的ではない住民の意見を載せているところに価値があります。

自然のもんだから仕方ない。昔みたいに子どもらが山で遊ばんからあの人(アオサギ)らも安心してるだろう

被害はたしかに現実のものとしてあります。けれども、その被害をどのていどのものと感じるかはその人次第。そして、その感じ方は普段アオサギをどのような存在と認識しているかによって変わります。「自然のもんだから仕方ない」と言った81歳のおじいさんにとって、アオサギは「あの人」なのです。これは言葉の綾だけではないでしょう。近くに住むアオサギを何だか訳の分からない迷惑なだけのエイリアンと捉えるか、同じ土地で暮らす隣人と捉えるかで、アオサギの行為に対する心の持ちようはまったく変わってきます。

アオサギの被害記事を書くすべての記者にこのことを知ってほしいと切に願っています。

オオアオサギのライブ中継

今年もまたアオサギの子育てシーズンですね。ここ札幌近辺のコロニーではつい先日巣作りがはじまったばかりですが、お住まいの地域によってはヒナがもう生まれているのではないでしょうか。シーズンになると私も近くのコロニーによく観察に行きます。けれどもよほど条件の良いコロニーでも100mも離れたところから双眼鏡やスコープで観察するのが関の山ですし、街中のコロニーは近寄れはするものの樹上を仰ぎ見るようなことになってしまい巣の中の状況はかえって分かりません。そんなわけで、子育ての様子やヒナの状況を細かいところまで観察しようとすると従来の方法ではどうしても限界を感じざるを得ません。それなら巣の近くにビデオを取り付けようというのが今回ご紹介するウェブカメラです。

これは今更紹介するほどでもないのですが、日本では営巣の様子を撮影するのを問題視する風潮があるせいか、いまいち馴染みが薄いように思います。ということで今回敢えて取り上げてみました。別に特段のことはなく、子育ての映像をネット上でライブ中継するというものです。海外のサギ類では少なくとも7、8年前にはすでに試みられていたように思います。当時からいろいろな団体、組織が各地で独自にライブ中継していました。そんな中、もっとも人気のあったのはニューヨークのコーネル大学が企画したものでしょう。これはオオアオサギを対象としたライブストリーミングで、2012年から2年つづけてシーズンを通してほぼ途切れることなく四六時中ライブ中継されていました。何が素晴らしいといって、子育ての様子がパソコンのディスプレイ上で間近にしかもリアルタイムに見られるのです。間近で観察して初めて分かることは多いですし、誰も見ていなくても連続して映像が記録されていることの科学的価値は計り知れません。ともかく、あの企画はオオアオサギへの理解を深めることに格段の貢献をしたと思います。当時のカメラ設置の様子などはこちらに記録されています。当時の映像は「great blue heron cam」などで検索すればいくらでも出てきますので、ご覧になったことがない方はぜひ見てみてください。

残念ながらコーネル大学のウェブカムは3年目にオオアオサギが巣に戻ってこなくなったため打ち切りになりましたが、オオアオサギについては現在稼働中のウェブカムは他にもいくつかあります。たとえばバンクーバーのスタンリーパーク。ウェブカムの映像はこのページで見られます。こちらはコーネル大学に比べるとかなり引いた映像となっています。というのも、コーネル大学ではカメラが巣の真横に付けられていたのに対して、スタンリーパークのほうはコロニーに隣接するビルの屋上に設置されたものだからです。写真のビルの屋上中央に白く小さく見えているのがカメラです。ここは子育ての様子を詳細に観察するというよりは、オオアオサギのことを少しでも多くの人たちに知ってもらい親しみをもってもらおうというのが目的のようです。なので、カメラは映像を見ている人が自由に動かせる仕様になっており、上記リンクページの映像画面から誰でも操作できます。

もっとも、見ていて興味がより持続するのはやはり間近に設置されているカメラだと思います。ただ、その場合はカメラを向けている巣にサギが来なかったらそのシーズンは棒に振ります。たとえば、東海岸のチェサピーク湾に設置されているウェブカムは現在このような映像で、説明がなければ何を撮ろうとしているのか分かりません。まだ時期が早いのでこれからここに巣をつくりはじめるかもしれませんが、このまま誰も来ない可能性も十分あります。賭けのようなものです。その点、スタンリーパークで設置しているカメラの映像は当たり外れがありません。コロニーが放棄されない限り、どっかこっかの巣は必ず見えますから。なお、スタンリーパークの映像は夜になると画面が真っ暗になりますので注意してください。今の時期ならこちらの夜11時頃にようやく明るくなって映りはじめます。

他に住む場所がないから

ここしばらくアオサギの営巣場所についていろいろ考えています。というのも北海道の営巣地を調べてみると、昔は無かったタイプの営巣地が最近になってぱらぱらと見られるようになってきたからです。以前にもご紹介しましたが、たとえば瀬棚や北檜山のコロニーではダム湖やため池の半ば浸水した木に巣がかけられています。また、江差町や福島町など、沖合の島で暮らすサギたちもいます。それから、少し前まではダム湖のブイで営巣していたアオサギもいました。じつはこれらのコロニーにはひとつの共通点があります。いずれのコロニーも巣の周りが水で囲まれているのです。これは地上性捕食者を近寄らせないための工夫だと思われます。このようなタイプのコロニーは全道で9ヶ所確認されていますが、いずれも大なり小なり不便を抱えています。通常の営巣環境と比べると巣立ちに成功するヒナ数もおそらく少ないでしょう。好き好んでそんな場所に巣をつくるとは考えられません。他に子育てできる場所がないから仕方なく不便な環境を選んでいるのです。

では、なぜ従来のような環境で普通に樹上営巣をしないのでしょうか? これはほぼ間違いなく地上性捕食者が原因です。北海道の場合、捕食者はアライグマであったりヒグマであったり。もしかすると両方かもしれません。実際、北海道ではアライグマもヒグマも木に登ってアオサギのヒナを襲っているところが目撃されています。彼らのいる場所と地続きで暮らす限りいつ襲撃されても不思議ではないのです。襲われるのが嫌なら何らかの障壁を築いて彼らが巣にアプローチできないようにするしかありません。その障壁のひとつが水というわけです。

そのことで最近ひとつ思いついたことがあります。かつて釧路湿原にあったコロニーのことです。ここは昔は道内屈指の大規模コロニーでしたが、2000年頃を最後に消滅していまいました。放棄された原因については野火や餌場環境の変化などいろいろ言われています。しかし、湿原の中にあるコロニーのため人目に触れることがほとんどく、確かなことは分かっていません。私はこのコロニーももしかすると地上性捕食者の犠牲になったのではないかと考えています。その推理でいくと諸悪の根源はこの湿原の真ん中には堤防道路にあります。こんな愚かなものをつくったために湿原が北と南に分断され、コロニーのあった南半分が乾燥化してしまったのです。乾燥化すればそれまで近寄れなかった湿原の内部にほ乳類が侵入できるようになります。そうなればアオサギの聖域にヒグマやアライグマが到達するのはもはや時間の問題。不幸なことに釧路湿原のサギたちは樹高の低いハンノキ林(多くは10m以下)に営巣しており、もし狙われたとしたらひとたまりもなかったでしょう。 もちろんこれはただの推測というか思いつきに過ぎませんが、可能性としてはまったく無視できるものでもないような気がします。

ところで、さっき捕食者を近寄らせないための障壁について書きました。そのひとつが水であると。じつはもうひとつあります。アライグマやヒグマが来ない場所、それは街中です。最近、街中の小さな樹林にコロニーができることが多くなってきています。住宅街の中にある孤立林はアオサギにとっては格好の避難所なのです。

こうした避難所は街の中や水で囲まれた場所だけではないかもしれません。普段、何気なく見るコロニーも、なぜこんな場所にあるのかと考えると疑問に思う場所が少なくありません。そして、それを地上性捕食者からの逃避という視点で見直してみると納得できるケースが多々あるのです。すべてをアライグマやヒグマのせいにはできないにしても、従来とは違う変な場所につくられたコロニーが地上性捕食者からの逃避を目的としている場合は想像以上に多いのではないかと思います。

道の統計によると、アライグマもヒグマもここ数十年増加傾向にあるようです(アライグマの資料ヒグマの資料)。加えて、ここ数十年のスパンで見るとアオサギも増えています。両者とも増えたことでお互いに出会う機会が多くなり、結果としてアオサギが襲われるケースも増えたということなのでしょう。

だとすれば、おかしなところで子育てするアオサギは今後も増えるかもしれません。けれども、彼らが避難所として使えるような都合の良い場所が果たしてどれだけあるでしょうか? 街中の孤立林で人が快く受け入れてくれるところはそう簡単には見つけられません。水で囲まれた営巣環境を見つけるのはさらに難しいことでしょう。

昔は北海道は湿地だらけで、湿原内のハンノキ林など地上性捕食者をシャットアウトできる優れた営巣環境があちこちにありました。ところがそうした場所は人がどんどん潰していき、びじゃびじゃな環境は今ではもう猫の額ほどになってしまいました。アオサギは樹林があればどこでも営巣できると考えるのは大間違いです。彼らにとって安全な樹林はもう僅かしか残っていないのかもしれません。アオサギにとって湿地がどれほど重要な環境だったか、今あらためて考えさせられています。

ページの先頭に戻る